平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
足から地面の感触が無くなり、身体が宙に浮く。
慌てるアタシにお構い無しで、空高くどんどん舞い上がっていく。
眼下に広がる都は遠くに見え、路を歩く人々は石ころのようにしか見えない。
「げっ、玄武?」
一生懸命にくびを廻して、アタシを抱えている玄武の顔を見る。
「何かしら?馬よりも、こちらの方が速いでしょう。」
「意識が飛びそうだわ…」
「気持ち良いじゃない、貴女も臆病に育ったものね。」
玄武は軽く言うのだけれど、いきなりこの高さに持って来られたら、誰だって恐怖心くらい抱くだろう。
アタシと玄武のこの様なやりとりを、朱雀は先程と同じく笑いながら眺めていた。
「さぁ、着いたわよ。」
地に足がつき、ようやく安心する事が出来、ほっと一息つく。
アタシたち三人が降り立ったのは、鞍馬山の中腹。周りは冬だと言うのに、青々とした木々に覆われている。
「姫、鞍馬にどおいったご用件がおありなのですか?」
朱雀が「都を出ては危のうございます。」と眉を下げる。
玄武は朱雀とは逆に、一言も洩らさずに、周りに対し気を張っている。
ギャアギャアと、烏の鳴き声が山に谺する。
すると、いっそう玄武の切れ長の眼が細くなる。
「朱雀、心配しなくても大丈夫よ。だって此処は…」
言い終わらないうちに、甲高い声と無数の影が現れた。
「せーいなっ♪」
朱雀と玄武が纏う空気が、一瞬にして厳しくなり空気が止まった。
「宵(ヨイ)、お久しぶりね。」
アタシの前に立った少女が、にっこりと笑みを見せる。
この人間にしたら、十二、三歳くらいに見える少女は、鞍馬天狗の時期当主だ。
生成りの着物に、深い藍色の……色合いで言うなら、山伏のような格好をしている。
未発達ではあるけれど、背中には言うまでもなく、漆黒の翼が生えている。