平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
暫くして遣ってきたお祖父様は、「先日は本当にありがとう」と大変機嫌良く、頭を下げながら西対を訪れた。
上座をお祖父様のために開け、自分は下座に控える。女房たちも皆、端に控えて頭を下げている様だ。
「それで姫、私に聞きたい事があるとか?何でも聞いてください。」
「ありがとうございます。では、単刀直入に言いますと……近頃大内裏で怪我や病気を患った方は、いらっしゃいませんか?」
そう、政のほぼ中心に居て、娘婿にあの大陰陽師安倍晴明がいるお祖父様なら、いろいろな事が耳に入るだろう。
アタシはそこに目を付けたのだ。
「…怪我や病気……。まぁ、居るには居るのだが…身分に関係ないので、全てを把握してはいないがな。」
「まぁ、どの者も一緒の日から欠勤をしている様だがな」と、お祖父様は不思議そうな顔をして言った。
一緒の日────それはきっと、先日の都に瘴気が溢れかえった日だろう。
「お祖父様、その方達のお名前をお聞きしても宜しいですか?」
一応個人情報なので、おおらかなこの時代でも確認を取る。
「ああ、構わないぞ。しかし、一度しか言わないから心してお聞きなさい。」
先ずは、この邸の近くの三条にお住まいの、参議殿。
先頃、帝が大切に育てられた三の宮が降嫁された、右大将。
ああ、そうだ。息子である右大弁のところの雑色もだったな。
典薬寮の典薬博士に、斎宮寮の斎宮少充…。
どこぞの家の嫡子で、近衛将曹も一人と聞いていたな。
そうそう、この春から出仕予定だった中納言の御子息が、怪我をしたとも聞いた。
「私が知っているのは、これくらいだな。どうだろう、何か姫のお役に立てたかな?」
お祖父様は髭を撫でながら、軽く首を傾げる。