平安異聞録-お姫様も楽じゃない-
悲鳴が上がったであろう対屋に入ると、高納実和は気を失いたくても失えない、と言った風に顔が恐怖で引きつっていた。
その視線の前には、いつものおっとりとした温かい姿とは到底思えないほどに、醜く歪んだ顔で冷たく笑う四の君が立っていた。
「…四の君様…」
四の君は、弾き飛ばされた妻戸から入ってきたアタシ達を見とめて顔を歪める。
「あら?大君様ではございませんか、此方になんの御用で?」
アタシを冷たく一瞥すると、次は兄上へと視線が向かう。
「明光様も、おかわり無い様で」
まるで世間話でもするかの様な四の君を、兄上が睨む。
しかし四の君は、兄上の敵意を何事もなかった様に黙殺し、視線を高納実和に戻し静かに顔を歪ませる。
「お久しぶりですね、高納殿」
そう言って、四の君は一歩高納実和に近づく。
「ひ…ひぃっ…」
高納実和は腰が抜けたのか、瘴気にあてられたのか、立って逃げる事が出来ずに、惨めに手が床を掻く。
実はその姿を見ても、可哀想だとも助けてあげたいとも思えない。
自業自得としか思えないからだ。
─この地は神により護られし地、神のご加護、神の恩寵─
一歩一歩と高納実和に近づいていた四の君の歩みが止まる。
四の君を傷つけた高納実和なんてどうでもいい、だけれど四の君だけは、本当に助けたいっ…
─悪き者に光を、悪き者に浄きを、我が握に縛浄を─
隣で、兄上の霊力が広がる。