未来への切符【ぎじプリ】
 そうだ。私は少しでもいい作品が作れるように、あらゆるものに触れた。自分が持っている感性だけではどうにもならないから。だから新しいものを自分の中に取り入れるようにした。

「そうだね。私は頑張ってきたよね」
「頑張ってきた。今も頑張っているよ」
 不安になる必要なんてない。私は自分の力を、今よりももっと高い次元で試すために決めたんだ。

「おっ、勇ましい顔になった」
「女性に勇ましいって」
「いいんだよ。かっこいいんだから、君は」
 勇ましい、かっこいい。今の私には最高のほめ言葉かもしれない。

 時計を見ると、六時四十五分を指していた。
 あと、十五分。
 私は頭の中で、ゆっくりシミュレーションをする。それは複数のパターンで行う。どんな展開になっても対応できるように。
 うん、問題ない。

「うまく、いくかな?」
「いくよ、だって僕がいるから」
「そうだね、ひとりじゃないんだよね」
「ああ、ひとりじゃない。ずっと僕が側にいるよ」
 時間が刻々と迫っていく。さっきから心臓が痛い。

「緊張してきた」
「それは正常だよ。君の未来がかかっているんだから」
「うん、そうだよね。大丈夫、大丈夫」
 緊張を紛らわしたくて、頭に浮かぶことを口に出してみる。

「引き留めるかな?」
「どうだろうね。もし君が引き留められても、自分の意志をはっきり示せばいい。なんとかなるよ」
「うん」と一言返すと、私は無言になる。
 彼は私の緊張を解すかのように、ゆっくりと話し始めた。

「あのね、さっきも言ったけれど、僕は君の意志でもあり、決意でもある。そして未来への切符でもあるんだよ」
「切符?」
「そう、切符。この切符は他人が君のために発行することはできない。自分で自分のために発行するんだ。だから僕はここにいる。つまり、君が求める未来への切符が発行されたんだよ」
「未来への切符。いい名前だね」
「切符はちゃんと所定の場所に出さないと、意味がないからね」
「そうね」

“未来への切符”

 その響きに心が穏やかになる。私には未来がある。そう思えたから。

 時計が七時をさすと、オフィスのドアが開いた。
「あれ、今日は随分早いね」と言って、課長はデスクに向かった。
 私は深呼吸をして、椅子から立ち上がった。そして彼と共に課長のデスクへ足を進めた。

「課長、おはようございます」
「おはよう」
「朝早くに申し訳ありませんが、少しお時間をいただけますか」
「ああ、構わないよ」

 私はゆっくりと課長の前に、彼――未来への切符――を置いた。
 課長は目を見開いて私を見る。

「退職届?」
 オフィスにその一言が響いた。


《擬人化……退職届》
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