ロールキャベツは好きですか?
先日、主任が今も失恋を引きずっていることを知ってしまった。
その相手も、どんな恋をして、どんな風に別れたかも、聞けなかったけれど、それでも、ショックだった。
今にも泣き出しそうな声を絞り出していた主任を見ていると、蘇ってくるのは、あの熱で倒れた夜。
主任は涙を流しながら、アメリカに向かう"誰か"を必死に引き止めようとしていた。
俺は確信した。
その"誰か"が、今も胸に燻り続ける想いの相手だと。
そして、それが誰なのか気づいてしまったから、俺は今、絶不調になっている。
それは11月になってから、新しく部長に就任した双山康史(ふたやまやすし)部長だった。
30代半ば。
先月まではアメリカの支所で働いていたという噂を耳にした。
見た感じでは、かなり人当たりは良さそうだ。
それでいて、なかなかやり手の雰囲気を醸し出している。
第三課の社員に型通りの挨拶をしてそれぞれが仕事に戻ったあと、彼は渡邊主任を引き止めた。
「渡邊祈梨。だよな?」
「そうですよ」
俺は目を見開いた。
俺の隣に立って、ニコリと微笑んだ彼女は、驚くほどに、冷たい視線を部長に浴びせていたから。
公私混同はしないと言った彼女には、似つかわしくない。
双山部長には会いたくない、という旨を呟いていた彼女を思い出す。
しかし、そんな主任の視線に気づかないのか、それとも、気づいていても知らないふりをしているのか、部長は懐かしそうに微笑んだ。
「新人だったお前も、今や主任かぁ。アメリカにいても、女性初の主任だとか、噂は聞いていたぞ」
「ありがとうございます」
言葉とは裏腹に、冷たい声の底に、さっさと帰れバーカという主任の本音が漏れている気がした。
「いやぁ、あの頃からお前ならやると思っていたよ」
久しぶりに再会した上司と部下の会話は、それから二言三言やり取りがあった。
いつもよりずっと優しさも気遣いもこもっていない声に、俺はようやく思い至った。
彼こそが意中のひとだ、と。
今でも整理がつけられないままの人に会え、と言われて、冷静になれる人などなかなかいない。
いくら仕事の関係と言えど、口調が冷たくなるのは致し方ないことだ。
そう思うと、今までの主任のことが納得いく。
アメリカ行きを引き止めようとした主任。
双山部長の名前を聞いて、反応した主任。
彼に「会いたくない」と言った主任。
ああ、そういうことか。
なるほどと一人納得していると、こちらの肝を冷やすような爆弾を主任が仕掛けた。