ロールキャベツは好きですか?
「ご結婚されるらしいですね」
それは松谷課長が主任に教えた情報だ。
部長は言葉詰まる。
そんな彼を追い立てるように、主任は冷めた笑顔を向ける。
「噂で聞きましたよ。専務の一人娘さんが相手でしょう?」
「もう、そんなに噂になっているのか」
「恋愛話ほど盛り上がる話はありませんからね」
部長が苦笑してから、口を開いた。
「経理部事務の、向井園華だよ」
サラリと告げられた名前に俺は、一人、はぁ?と顔をしかめた。
向井園華。
腐れ縁のあいつだ。
あいつが次期社長と噂される専務の娘?
聞いてないぞ。
「向井さん。ああ、あの子か」
「知ってるのか」
「ええ」
ちらりと主任がこちらを見た。
何?今の視線!?
俺の困惑顔を見てから、主任はまた部長に視線を戻した。
「おめでとうございます。お幸せに」
松谷課長に対して、おめでとうを言っていたときより、嫌みに感じますよ、
主任。
……やっぱり二人には昔、何かあったんだ。
未だに気持ちの整理がついていない主任。
俺は無言で唇を噛み締めた。
デスクの上の付箋を一枚とって、ボールペンで文字を書いた。
部長との話を切り上げ、席についた主任にその付箋を見せる。
『あの人ですか?』
怒り半分に書いた文字は、ひどく汚く、濃い。
付箋を読み終えた彼女は顔を上げて俺を見つめる。
赤い唇に、白い歯が食い込んでいる。
オフィスじゃなければ、泣き崩れそうな顔をしていた。
主任の答えなど聞かなくても充分だ。
好きだけど、もうそばにいられない人。
しかもその人はもうすぐ結婚する。
そんな状況に立っているのだ、主任は。
今すぐ抱きしめてこの腕の中で泣かせたかった。
だけど、できない。
ここはオフィスだし、何より俺は、主任の恋人じゃない。
思いは伝えたけれど、返事はもらってない。
宙ぶらりんなまんま。
もし、主任がこのまま片想いを貫くと、決めたら。
俺はちゃんと見守っていられる?
ちゃんと諦められる?
……そんなのできない。
告白してから、想いはとめどなく溢れてくるというのに。
手に入れたい。
あなたを抱きしめて。
自分のものにしたい。
いきなり現れたライバルに、彼女の心が奪われそうでジリジリと焦りはじめた。