ロールキャベツは好きですか?

俺は苛立ちを隠そうともせず、コンピューターにパスワードを打ち込む。

そのタイピング音がいつもより大きいのは自覚済み。

奥歯を噛み締めてやり過ごさなければ、もっと怒りが爆発しそうだった。

玲奈の名前を出すなんて。

しかもあいつが俺に会いたがっている?
冗談じゃない。

今更何の用だよ。

「……っ」

奥歯を噛み締めていないとこみ上げてくる怒り。

俺は髪を掻きむしり、目をきつく閉じた。

……痛い。
心が、痛い。

やっと忘れたと思っていたのに、玲奈の名前を聞いただけで、まだこんなにかき乱されるものなのか。

昼休みはまだ時間があるから、俺はしばらくの間、目を閉じて、怒りをやり過ごしていた。

……コトン。

小さな音とともに、不意に、珈琲のよい香りが鼻孔をくすぐった。

反射的に瞳を開けると、デスクの上に、湯気をたてるマグカップが置かれている。

「これ……」

隣で主任が自身のマグカップを片手にデスクに座ろうとしていた。

主任が淹れに行ってくれたようだ。

「飲みたかったから、ついでに」

はにかんだ主任に、俺は静かに頭を下げる。

ついでに、なんかじゃない。
きっと今の俺を見かねて、珈琲を淹れてくれたのだ。きっと。

「すみません。ありがとうございます……」

俺はありがたく、珈琲をちょうだいして、一口飲んだ。

途端に口いっぱいに苦味が広がる。

ふと、気がつけば、パソコンに、社内メールが届いている。

マグカップを片手に、メールを開いた。

「……っ!」

言葉を失った。

今晩、『郷』に行かない?

主任からの誘いだったから。
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