ロールキャベツは好きですか?

「お。今帰りか?気をつけて帰れよ」

一番聞きたくない声に眉間に皺がよる。
前方に立っていたのは、どこからか帰ってきた双山部長だった。

私は口を聞かずに、その横を通り過ぎようとしたのに、ちょうどすれ違ったところで、私にだけ聞こえる声で囁かれた。

「祈梨。今日はよかったよ。また誘うから」

「……っ!」

嫌だ。嫌だ。嫌だっ!

怖くなって逃げ出した。
ショルダーバッグの紐を握りしめて、ようやく会社の外に出たときには、息が上がっていた。

━━━こんな恐怖が毎日続くの?

部長と二人きりになったら、彼の欲望のために、抱かれる。

……こんなこと、誰にも相談できないし。

今一番心許せる、祥吾くんはもってのほか。
彼にだけは知られたくない。

「わぁ、雪!」

辺りで声が上って、私は空を仰いだ。
手のひらをそっと上に向けると冷たい雪の結晶が手のひらに乗って、溶けた。

初雪だった。
顔に当たる雪が冷たくて、マフラーを顔のギリギリまで上げる。

折りたたみ傘はきっと鞄に入っているはずだが、それを取り出すのも億劫だ。

意外と水分が多い雪に降られながら、このまま、冷え切って風邪をひけばいいのに、と思った。

いっそ立てないほどボロボロになれば、双山部長と顔を合わせなくてすむのにな。
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