ロールキャベツは好きですか?
「申し訳ありませんでした」
とうとう部長は笑いながら睨んでいる向井と祈梨さんに、頭を下げた。
「謝罪で済むと思わないでください。でももういいです。怒ってるのも疲れた」
祈梨さんはため息をつく。
「その代わりもう私に関わってこないで。仕事以外の話も禁止」
「……は、は、はい!」
女二人の不気味な笑顔から大慌てで部屋を出ていく双山部長。もう威厳も何もない。
「私の父から社長に頼んで、人事部に双山さんの移動をお願いしておきます」
そうか。専務の娘である向井は、社長とも近い距離にいるのか。
一番怒らせてはいけない人は誰なのか、強く思い知った気がする……。
「向井さん。お願いします。それから……色々とすみません」
祈梨さんは深々と頭を下げる。そんな祈梨さんに近づいて向井は頭を上げさせた。
「謝らないでくださいよ。主任。悪いのはあの双山さんなんですから。渡邊主任がもう苦しむ必要なんかないです!主任が仕事辞める必要なんか全然ないんです!!」
語尾を強めた向井だったが、俺はかぶりを振った。
「違いますよね?退職希望の理由は双山部長のセクハラだけじゃない。俺と別れなくちゃいけないから。そうですよね?祈梨さん」
まっすぐに祈梨さんを見つめていたら、祈梨さんは瞼を閉じた。
「渡邊。仕事辞めるって、どういうことだよ」
「そうですよ。どうして渡邊主任が?」
詰め寄ってきたのは、状況を把握していない松谷課長……とその奥さんである佐藤さん。
「そういえば、佐藤さんどうしてここに?」
わずかにお腹が目立ってきた佐藤さんが退職したはずなのに、ここにいる。
そのことに今更ながら気づいた。
「松谷課長が忘れ物をしたから、届けにきたんです。渡邊主任やカピバラくんに会いたいなーってうろついてたら、この会議室で主任の悲鳴が聞こえて……」
それで松谷課長と佐藤さんが襲われている祈梨さんを助けたのか……。
「それより、仕事辞めるってどういう意味だよ。田島と別れるとかもっと意味不明だ」
祈梨さんは瞼を押し上げ、まるで自分に言い聞かせるように、言った。
「……そうだよ。そのまんまの意味。仕事も辞めるし、祥吾くんとも別れる。私がいたら、祥吾くんは幸せになれない」
「これのせいですか?」
俺はスーツのポケットから、あるものを見せた。
それは昨日、祈梨さんが落とした緑色の靴下だった。