素直になれない7センチ
「香穂 “さん”」
ゆらりと私に顔を近づけて、耳元で甘く囁く。
「やっと追いついた」
吐息が耳にかかり、ぞくりと身を震わせた。
「……っ、夏目くん」
「今度ゆっくりご飯行こうね」
余裕な微笑みを浮かべる彼は当時の彼と同一人物には思えない。
昔はこんなに余裕のある表情や、色気を漂わせる雰囲気なんてなかったのに。
明るくて無邪気でちょっと生意気な高校生だったのに。
せ、成長って恐ろしい。
「……もう戻らないと」
「そうだね。今日からよろしくお願いします。新藤さん」
わざとらしく私の苗字を呼んで楽しげに笑うと、夏目くんはくるりと背を向けて給湯室から出て行った。
一気に緊張が解けて、ほっと胸を撫で下ろす。
まさか今頃になって彼と再会をするなんて思いもしなかった。
「……夏目くん」
ぽつりと彼の名前を呟き、すっかり色が濃くなったラベンダーアールグレイにため息を漏らす。
ゆらゆら揺れるそれをゴクリと一口飲み、眉間に皺を寄せた。
「……渋っ」
時間が経ってしまい、渋みが出てしまったみたいだ。
せっかくのリラックスタイムが……。
がっくりと肩を落としながら、渋くなったラベンダーアールグレイを持ってデスクへと戻った。