セカンドパートナー

 家事でもなく、仕事でもない時間。

 予約の電話を入れるのもドキドキしたりして、久しぶりに「何かをしている!」という気分になった。

 平穏だけど退屈な日々を抜け出したい。

 毎日を楽しく過ごしたい。


 優人に話したら、

「いいよ。いつもよくやってくれてるし、あまちゃんにも息抜きが必要だよね」

 快く賛成してくれた。

「ありがとう! 家事や仕事は今まで通り頑張るから!」
「無理しないで、俺にも協力できることがあれば言ってね」
「大丈夫だよ。ありがとう! 習い事も仕事も、全部頑張る!」

 これで、心おきなく、習い事に没頭できそうだ。

 未体験の世界を想像し、活力が湧いた。



 1週間後、早くも書道の体験入学の日が訪れた。

 もし肌に合わなければまた他を探せばいいや、と、気楽な心持ちで家を出た。

 徒歩でも行けるくらい近い所にあるけど、遅刻しないよう余裕を持って向かった。

 指定場所は、メゾネットタイプの新築アパート。先生の個人宅だそうだ。そういえば、昔通っていた書道教室も、先生の自宅の一室で行われていたっけ。


 早く来すぎたのか、教室前には誰もいなかった。アパートの扉も開いていない。

 どうしよう。とりあえず時間まで待ってみよう。でも、早く誰か来てほしいかも。

 慣れない場所。気まずい気分でウロウロしていると、背後から男の人の声がした。

「こんにちは。もしかして初回体験の方ですか?」
「はい。今日予約を入れてて…!」

 振り返ると、よく知った顔と目が合った。

 あれから何年も会ってないけど、忘れてない。切れ長な目と、落ち着く低音の声。繊細そうな指先。

「詩織……?」
「並河君…! どうしてここに?」

 時が止まったみたいに、私達はしばらく見つめ合った。


 会わなかった分だけ大人になったけど、高校の頃から全然変わってない。

 想像や妄想とは違う。

 現在の並河君が、そこにいた。









 ーー平穏な日々を抜け出して(終)ーー
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