セカンドパートナー
羽留の言った通り、大人になってからの書道は、昔と違った感覚がある。できるだけうまく書こうと思い、無心になれた。
字を書いていると、雑念も消えていく。
「集中してるね、詩織さん」
「はい。つい、夢中になっちゃいました」
教室の時間が終わる頃、秋月さんが話しかけてきた。
「どう? 少しは慣れた?」
「はい。おかげさまで」
「それはよかった。あ、それ…!」
秋月さんは私の左手薬指の指輪に気付き、ふわっと笑った。
「結婚指輪? いいなぁ。旦那さんと仲良いんだね」
「普段はしないんですけど、今日は何となく、久しぶりにしてみようかなって」
「そうなんだ。もしかして新婚?」
「10年目になります」
「10年!? 長いね! お子さんは?」
やっぱり、そう訊かれるよね。前まではその度に気を重くしていた定番の質問。私はなんの気なしにさらりと答えた。
「子供はいないんですよ」
「そうなの!? なんかごめんなさい……」
「いえいえ、お気になさらず」
そして、謝られる。
結婚しているイコール子供がいる。毎回毎回、この瞬間、その図式をぶっ壊してやりたくなる。もちろん、顔には出さないけど。
「ねえ、詩織さん」
「はい……?」
こっちの顔色をうかがうように、秋月さんは切り出した。
「今度、ウチの2階で鍋やらない?」
「鍋ですか…?」
秋月さんの口調は好意的なのに、お腹が重たくなる。
「詩織さんがウチの教室に入ってくれた記念に! 寒いし、ちょうどいいかなって。詩織さんの旦那さんと奏詩も呼んで。どうかな?」