セカンドパートナー

「ビックリしたよ。あんなに急いで食べる並河君、初めて見た。そんなにお腹すいてたの?」
「詩織の手料理、実はひそかに夢だったから。願いが叶って嬉しい」

 心から幸せそうに、並河君は笑った。胸の奥がじんとあたたかくなる。

 手料理をふるまって、こんなに作りがいがあるのは初めてだった。

 優人も褒めてくれるけど、声に抑揚がないので気を遣っているだけだとすぐ分かる。義実家が飲み屋。その道のプロである義親や祖母の料理を食べて育った優人は、舌が肥(こ)えている。私にとっては大成功の料理でも、優人にとっては普通の味なのだ。

 義親への意地か、反発心か、優人のために手料理を極めようとは思えず、苦手意識ばかりが募っていった。いかに早く楽に作り終えれるか、と、手抜きすることばかり考えるようになった。

 でも、並河君は違った。心からおいしいと言ってくれる。たとえ失敗作でも、彼なら本当に愛情を込めて食べてくれそうだ。

 作っている最中だけじゃない。その後も楽しめるのが料理なのだと、教えてもらった気がした。

「そんな、夢なんておおげさだよ。普段はこんなに手の込んだ物作らないし、下手なんだよ?」
「知ってるよ。だからよけい嬉しいんだ。俺のために苦手なことをがんばろうとしてくれて……。その気持ちが嬉しいし、愛しい。料理にも詩織の心が入ってたの感じた。ありがとな」

 照れたように私の手を引き寄せ微笑する並河君を見て、少し安心した。仕事のことで悩んでいるであろう彼の励みに、少しはなれただろうかーー?


 食べ終わった後、食器を食洗機にかけてくれる並河君を見て、幸せな気持ちで満たされた。

「今度は何が食べたい?」
「詩織の作る物なら何でも嬉しいよ」

 優しい彼の目に、ドキドキし、癒される。

「そういうの嬉しいけど、今はリクエスト訊きたい気分なの!」
「そうだなぁ……。じゃあ、ハンバーグが食べたい。って、なんか子供っぽいよな」

 照れながらそう言う並河君も、好き。なんか可愛い。

「分かったよ。ハンバーグだね」
「楽しみにしてる」

 ハンバーグ、作ったことないしとても難しそうだけど、並河君の喜ぶ顔が見れるならがんばろう!

 将来、本当のパートナーになれたら、こういう時間を共有できるんだよね。

 幸福な気持ちと同時に、その幸せに亀裂を入れるかのように不安が湧いた。

 美季の言葉が突然頭をよぎり、ガラスの破片みたく胸に突き刺さる。
 
『体の関係がない恋愛なんて考えられない。本当に並河奏詩のことが好きなら抱かれたくなるはずだよ』

 好きになればなるほど、彼を失う日のことを想像しこわくなる。今からそんなことを考えても仕方ないのは分かっているけど……。

 絵のことを正面切って訊けないのも、並河君と真の意味で結ばれていないから?

 ここへきて、セカンドパートナーであることを悲観的に考えてしまう。

「何かあった?」
「別に何もないよ」
「詩織はすぐそうやって隠す」

 高校の頃と同じ口調、同じ顔つきで、並河君は言った。

「恋人になったんだから、友達の時みたいな遠慮もなしな。気持ちのままにもっと踏み込んできてよ。素の詩織が見たい」
「私だって、近づきたいよ? でも、どんなに好きな相手でも、それ以上は踏み込めない距離ってあるよね?」

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