セカンドパートナー

 不意に、胸がキュンとなった。

「詩織、何度も褒めてくれたよな。俺の絵は綺麗だって。描いてる俺の心もそうだと思う……?」

 並河君は自嘲気味に笑った。

「美しいと評価される芸術は目も当てられないほど汚い精神から生み出されるんだよ。少なくとも俺の場合はそう……。純粋に好きな気持ちだけで描けていたのは無垢な子供の頃だけ。詩織に恋をしてからはずっと、嫉妬と独占欲、狂おしいほどの熱情。……詩織に知られたら嫌われそうな感情を昇華するために絵を描いてた。そうして必死に自分を抑えてた」

 描けるようセッティングされた一枚のキャンバスに手をかけ、並河君は私を見つめた。

「もちろん、プラスの感情や綺麗な思い出も創作に必要な栄養になるけど、負のエネルギーも時にいいものを生み出す。風景画を専門にしてきたのもそのせい。人物を描くと感情が露呈し過ぎて観る人の気分を悪くさせてしまう」

 美大にいた頃も、人物画を描くと恩師に酷評を受けた。並河君はそう言い、悲しそうに笑った。

「俺にとって、絵を描くことだけが自分と向き合う術だった。いつの間にか、絵が人生の全てになってた。詩織のことを今は抱けない。抱いたとしても、詩織が優人さんとの間で揺れて苦しむのが分かるから、セカンドパートナーとしてのルールは最後まで守る」

 並河君は私の不安を見抜いていた。

「人物画は苦手だけど、詩織を描きたい」

 熱っぽいまなざしで、並河君は私をベッドに座らせた。

「……服を着たままでいい。詩織の心をさらけ出すキッカケになるよう、詩織を描かせてほしい。これが、今の俺が詩織にできる愛情表現の全てだから」

< 283 / 305 >

この作品をシェア

pagetop