セカンドパートナー

 けれど、先日、親友の羽留と遊んでからというもの、今の生活に迷いが出始めていた。

「あたし、またピアノの講師やることにしたんだ。今のパートと掛け持ちだから、週2日のペースでだけど」

 そう言い瞳を輝かせて近況報告をする羽留の話に、触発された。


 羽留は昔からピアノを習っていて、高校でも音楽科に在籍していた。専門的に音楽を学べる短大を卒業後、とある楽器店専属のピアノ講師をしていた。

 26歳で結婚してからはそれを辞め、ピアノ講師より給料の高いパートの仕事を見つけて主婦業に徹していた。実は、私はそのことを内心残念に思っていた。

「羽留がまたピアノ関係の仕事できるの、嬉しい。頑張ってね」
「ありがと! ピアノ教えるの久しぶりだからやっぱり緊張するけど、慣れたら何とかなるよね」
「大丈夫だよ、羽留なら」

 昔から羽留のピアノが好きだった。なので、彼女がこうしてまたピアノに触れる仕事を再開することになって本当に嬉しい。


 同じ高校出身とはいえ、私は普通科、羽留は音楽科。学科ごとに校舎も別れていたので、本来なら接点がないはずだった。それでも、ひょんなことから私達は仲良くなった。


 子供の頃、ピアノを習いたかった。だけど、親が反対したので習わせてもらえなかった。近所に、ピアノのレッスンをサボって友達の家に隠れる子がいたからだ。

『アンタも絶対ああなるよ。だからやめときなさい』

 やる前からそんなことを言われ、心が折れた。

 振り返れば、初めて親に不信感を抱いたのはその時だった。親は私自身のことは何一つ見ていないんだな……。そう強く思った記憶がある。


 高校生になり、ピアノへの未練が消えた頃、音楽科の校舎からピアノの音が聴こえてきた。引き寄せられるように足を向けた。

 初めて羽留と出会ったのは、その時。グランドピアノのある音楽室。彼女のピアノがあまりにも綺麗で豊かな感情に溢れていたので、私は泣きそうになりながら話しかけた。

「すごいね、ピアノ。感動したよ〜」
「ありがとう! でも泣くほどだった!? 実は音外しまくってたんだけどっ」
「綺麗な音だったよ〜うわああんっ」
「待ってね、カバンの中にティッシュあるから。あれ? ない!?」

 羽留は終始あたふたしながら私をなだめた。

 中学生の面影を残す高校生になりたての私達が出会った、15歳の春の出来事だった。

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