パートタイマー勇者、若奥様がゆく
 それにしても良い天気です。あちこちで桜が満開に咲き誇り、街中が桃色に霞んで見えます。爽やかに吹き渡る風も、心なしかほんのりと甘い香りがするような。

「はっくしゅん!」

 香りを嗅ごうと勢い良く空気を吸い込んだら、鼻がむずむずしてきました。

 あら、いけません。風は花の香りだけでなく、余計なものまで運んできたようです。これでは涙と鼻水が出てしまいます。だってヒノキ花粉症だもの。
 
 膨れ上がる涙を指先で拭おうとしましたが、私は今、両手がゴミ袋で塞がっているのでした。頭をぶん、ぶん、と振って、風に涙を攫ってもらうことにします。

「はあっくしゅん!」

 あっ、いけません。風に涙は攫ってもらえましたが、代わりに花粉を目と鼻に大量に取り込んでしまいました。早く家に帰ってうがい手洗い目洗いをしなければ。

 私は少し急ぎ足で、住宅街の細い道をてくてく歩きます。

 もうすぐゴミ置き場というところで、ちょうど集積所から引き返してきた二軒隣の香川さんの奥様に出会いました。

「あーら奥さん、おはようございますぅ」

 おほほ、と香川さんの奥様はにこやかに挨拶をしてくださいました。

 奥様はカーラーを巻いた髪にネットを被り、紫色のシルクガウンを羽織った素敵な出で立ちでした。

「おはようございます、奥様。良い天気ですね」

 私もうふふ、と微笑みながら挨拶をしました。鼻がむず痒くて、少しヒクヒクさせてしまいました。

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