パートタイマー勇者、若奥様がゆく
 暗雲の下に吹く冷たい風にしばらく吹かれていると、王子がモゴモゴと喋りだしました。

「だって、攻撃魔法使うの、怖いし……一人でいるの寂しいし……」

「つまりお名前の通りにヘタレだということですね」

「煩い! ヘタレがなんだかよく分からんが、馬鹿にしているのは分かるぞ!」

「呆れているだけですけれどね」

「もういいから早く俺を城に帰せ! でないとお前も帰れないからな!」

 そう言われて、私は改めて気付きました。

 ここはどう見ても日本ではありません。いわゆる『異世界』というところなのでしょう。そこの王子様を城に帰すために私は召喚されたわけです。

 8時10分前くらいに、ゴミ集積所から。

「──今、何時ですか」

「は?」

「今日の私の予定では、8時15分からMHKの『カラちゃん』を観て、家の掃除と洗濯物を干してから……スーパーで特売の卵2パックを買いに行かねばならないのです。開店と同時に突撃しなければ売り切れてしまうではありませんか」

「な、なに? 卵?」

「そうですよ、1パック98円なのです。今日限りでお一人様2パックまで、無くなり次第終了です」

「この非常時に何を言っているのだ。そんなものより、俺を無事に城へ帰すことの方が重要だろう」

「そんなもの? そんなものとはなんですか」

 私は王子の胸倉を掴み、ぐっと顔を寄せました。

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