パートタイマー勇者、若奥様がゆく
「貴方は家計を預かる主婦を舐めているのですか。住宅ローンや保険料や光熱費に消えていく給料から貯蓄する分を捻出するために、私がどれだけ苦労して生活費を遣り繰りしていると思っているのです? 一人で家族を養ってくれている夫にひもじい思いをさせないよう、どれだけ安い食材で満足させられるか、栄養が偏らないように出来るか、考えてみたことはありますか」

「い、いや、ない、な。俺は王子だからな……」

「だから分からないのですね、98円の卵の価値が。貴方の命などよりよほど大事だというのに」

「それはちょっと言い過ぎじゃないのか、俺は一国の王子……」

「王子より卵なのです、私には。王子より貴臣さんの胃袋が大事なのです。貴方は庶民の生活よりもご自分の命の方が大事だというのですか? 国を護る立場である一国の王子が聞いて呆れますね」

「なっ、そんっ……」

 王子は反論しかけましたが、しかし黙りました。

 何か思うところがあるのでしょうか。ぐっと口を噤み、眉間に皺を刻み、しばらく無言になります。それから、硝子玉のように綺麗な相貌で私をジッと見つめた後、静かに目を閉じました。

「……そうだな。俺は、民を護るべき王族の一人。民の生活をないがしろにしてはいけなかった」

 溜息とともに漏らされた反省の言葉。

 一庶民の言葉を受け入れることが出来るこの方は、ただ怒鳴るだけの愚かな王子ではないようです。

「分かっていただけたようで何よりです。では今すぐに私を元の世界へ返してください。卵を買いに行きます」

 そう言うと、王子は私から視線を逸らし、申し訳なさそうに静かな声で言いました。

「いや、それは無理なのだ、召喚するときの契約に、俺を城まで帰すようにと組み込んでいるから……」

「貴方を城へ帰すまでは私も家に帰れないと?」

「そうだ」

「そこまではどのくらいかかるのですか」

「馬で大体三日ほどか?」

「三日!」

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