パートタイマー勇者、若奥様がゆく
 新婚の若奥様に、連絡もなしに三日も家を空けさせる気ですか、この方は。そんなことをしたら貴臣さんが心配して警察に捜索願を出したり、双方の実家に連絡したり、ご近所を駆け回ったりして、それでも見つからない私を思いながら病に伏してしまうではありませんか。

 そんなことを想像したら、沸々と怒りが湧き上がってきました。

 王国随一の魔法使いである王子は、一人で牢から脱出することが可能であったにも関わらず、攻撃魔法を使うのを怖がり、なおかつ一人で逃げることに不安と寂しさを感じて勇者を召喚しました。つまり自分の我侭に見ず知らずの他人、しかも異世界で平和に暮らしていた普通の主婦であるこの私を巻き込んだのです。

 これは初対面だからと遠慮する必要のない事態ですよね。

「王子、貴方は魔法使いなのですから、ちょちょいとテレポートで城まで戻るとか出来ないのですか」

「そのような魔法は存在しない」

「存在しなくてもなんとかしてください」

「ぐえっ、やめろ、喉仏を押さえつけるなっ」

「ここを押すと痛苦しいのは貴臣さんで実証済みです。ほらほら、早く私を帰さないと潰れてしまいますよ。貴方は高名な魔法使いなのですからやれば出来るでしょう」

「だからそれは無理だとっ……ぐ、ぐえ、お前は魔王より恐ろしい勇者だな! 貴臣とやらが憐れだ!」

 王子の発言にむっとしたので、喉仏をぐぐっと押し込んでやろうとしました。

 けれどもそれは出来ませんでした。

 背後から物凄い殺気を感じたのです。

 私は振り返るより早く、王子の首根っこを掴んでその場を飛び退りました。瓦礫の山をひと蹴りしただけで10メートルくらいは跳べましたよ。ちょっとビックリです。左手にゴミ袋、右手に王子を持っているのに、ほとんど重みも感じません。あらあら、一体私の体に何が起きたのでしょう。これも王子の能力の高さ故ですか。

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