パートタイマー勇者、若奥様がゆく
 けれどもそれくらいでは魔王の巨大な力の外へ逃げることは出来なかったようです。上を見上げたら物凄く大きな陽炎が見えました。あの陽炎に触れたら体が蒸発してしまいそうだったので、もうひと蹴り、ふた蹴りして陽炎から逃げました。

 ゴミ袋のなんちゃって核爆弾並の衝撃がきました。

 その爆風で木の葉のごとく飛ばされ、地面に転がります。

 掌や膝が地面と擦れて痛いです。地面を転がったのですから痛いのは当たり前ですが、転んだ記憶など高校生の体育祭が最後です。久方ぶりの痛みにビックリしてしまいました。

 予想外の痛みに涙が滲みます。何故ゴミ捨てに来ただけで、こんな痛みを伴う危険に巻き込まれているのでしょう。今更ながら理不尽さを感じます。

 でも泣いている場合ではありません。顔を上げると、私たちが転がっている地面のすぐ横から、巨大な穴が空いていました。直系100メートルはあるでしょうか。覗き込んだら吸い込まれそうなくらい深い穴です。

 あの攻撃が当たっていたらと思うとゾッとします。そしてそんな攻撃が再びです。

 上空の魔王の手に巨大な陽炎が現れました。先程の倍くらいありそうです。

「……これは死にましたね」

「ば、ばかものおっ、諦めるなああああっ!」

 腰を抜かして滝のように涙を流している人が何を言っているのでしょうか。魔法を使って何とかして欲しいのですが、役に立ちそうにありません。

 私は王子の腕を掴み、更に力強く地面を蹴って逃げてみました。

 降り注ぐ黒い陽炎はギリギリで避けましたが、その後の爆風で背中を殴られたような衝撃を受けて飛ばされました。

 あまりの衝撃に一瞬気を失っていたようです。はっと気がついたときには、上空で魔王が再び巨大陽炎を創り上げていました。

 ああ。

 駄目かもしれません。

 21年。長いようで短い人生でした。

 巨大陽炎を見上げ、諦観の境地に至りました。もう世界の景色を見ることは叶わないと、自然に瞼が重くなってきます。

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