魅惑の口づけ


時間は掛かると思うけれど、損失分の挽回と銀行の信用回復に務めなければならない。それがこの銀行で働く者の義務である。

行内でも今回の件の始末書と、本部の監査官からの聞き取りが待っている。左遷はないと上司は言うが、これも上の判断に委ねる外ない。

もう出世街道には乗れないだろうけど、これも身から出た錆。それだけ厳しく、責任ある業種ということだ。


「やっと笑ったな」

「泣いて逃げたくないから」

真剣な顔で言い切る私に、「そうか」とほんのり甘く微笑みかけてくれた。


ふわり、と漂う彼の香りはどうしてこんなに落ち着けるのだろう?

彼の熱を帯びた体温と触れ合うと、どん底に落ちている心も凪いていくから。……『私は彼の中毒です』、と胸を張って言えてしまう。


上司に叱責を受けた後で職場に戻る時は、本当に勇気がいる。そうだ、お局さまからの手痛い攻撃も覚悟しなければ。

それでも彼のおかげで、“ここで負けてたまるか”と自らの弱い部分も薄らいでいく。


「じゃあ、また来るね」

「俺はどんな弥生でも待ってる。けど、さっさと行け」

温かいのに、時には冷たい。そんな二面性のある黒い彼は、甘くてほろ苦い独特な性質をしている。

またいつもの平坦な口調に戻った彼に笑って離れると、静かにその部屋をあとにした。


貴方とのヒトトキを終えたら、目の前の仕事と必死に戦ってくるから。——ここを訪れた時だけ、またその体温で癒してね……?


  魅惑の口づけ★終



擬人化【コーヒーメーカー】


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