アルチュール・ド・リッシモン

アルチュールの初恋

「いらっしゃいませ。遠路はるばるご苦労様でした」
 赤いドレスに、金髪を左右に結い上げた可愛い少女がそう言いながらドレスの裾を少し持ち上げて挨拶をした。
「これは、ご丁寧にどうも、マドモアゼル」
 一番年長のジャン5世がそう言いながら軽く膝を落としてお辞儀すると、少女の手の甲にキスをした。
「兄上………」
 それをすぐ傍で見ていたアルチュールは思わずそんな声を上げた。
 が、少女より背も高く、落ち着いているジャン5世は、チラリと弟を見ただけであった。
 彼にしてみれば、単なる「小さなレディに対する挨拶」であったので、いちいちそんなことで声を上げる弟の方が大げさにしか思えなかったのだった。
 だが、アルチュールにとっては、かなり違った。突然目の前に現れた愛らしい少女の手の甲にキスをした兄は、まるで彼女専属の騎士になったかのように見え、嫉妬の対象であったのである。
 侍女等なら少しばかり美しい者もいたが、アルチュールからすれば、皆年上な上に「侍女」は「侍女」でしかなかった。
 この頃、貴族は気に入った侍女に手を付け、子供を産ませることもあったが、まだ7歳のアルチュールはそんなことなど知らない。初めて会った貴族の令嬢で、年も自分と近いマルグリット・ド・ブルゴーニュがまぶしく、一目で恋に落ちてしまったのだった。その幼さゆえ、それを「恋」とはっきり認識するには、少し時間がかかったが。
「………アルチュス?」
 ずっと目の前の少女を見ている弟をいぶかしく思い、兄のジャン5世がそう声をかけると、彼はやっと我に返り、兄と同じように挨拶をした。
 それを真似て、弟のリシャールも。
「どうした? そんなに凝視するほど美少女ではないと思うが?」
 両親の見た目の良い所ばかりを受け継ぎ、誰が見ても「目鼻立ちの整った美少年」と思うジャン5世は、小さな声でそうアルチュールに耳打ちした。
「そうですか? 私にはとても魅力的に見えますが………」
「お前もまだまだ子供だな!」
 そう言ったジャン5世もまだ11歳だったのだが、長兄として、新しいブルターニュ公としての気概のせいか、年よりは大人びて見えた。
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