アルチュール・ド・リッシモン

嫌われたマルグリット

「仕方ないか………」
　侍従のピエールが諦め顔でそう言い、ため息をつくと、ルイは急に目を輝かせた。
「そうだ！　馬車を用意しろ！」
「王妃様の所においでになられるので？」
「違う！　あの女を田舎に追いやってやるのだ！」
「えっ………」
　彼の言う「あの女」が一応正式な妻であるマルグリットのことを指すのは分かったが、だからこそ、彼の顔から血の気が引いた。
「で、殿下、それは流石にお考え直し下さい！　いくらお気に召さないといえど、奥方様はブルゴーニュ公のご息女。そんなことをなされば、ブルゴーニュ公を敵に回すことになりますぞ！」
「フン、構うものか！　こちらには、オルレアン公やベリー公、アルマニャック伯もついてるんだ！」
「で、殿下………」
　王太子ルイが言っているのが２年前にアルマニャック伯を中心に結成された「ジアン同盟」という反ブルゴーニュ派の集まりだと分かったピエールは、顔をしかめたものの、それ以上何も言うことはなかった。言うだけ無駄だと思い、ため息をついてその場を後にしたのだった。

　王太子ルイの母、イザボーと不倫関係にあったオルレアン公ルイは、１４０７年にマルグリットの父である、ジャン無畏公によって暗殺され、現在はその息子のシャルルが「オルレアン公」を継いでいた。
　そのオルレアン公シャルルに娘ボンヌを嫁がせていたのが、アルマニャック伯ベルナール７世であった。
　アルマニャック派の中心人物は、色んな大貴族と親戚関係にあったのである。

「何？　マルグリットが田舎に追いやられる、だと？」
　一方、そのマルグリットの父、ブルゴーニュ公ジャンは、娘がサンジェルマン・アン・レーに追いやられると知り、顔を真っ赤にして怒った。
「あの若造め、馬鹿にしおって！　タダではすまさんぞ！　フィリップ、よいか？　もしイングランドと戦になっても、お前は絶対、参加するな！　よいな？」
「父上………」
　マルグリットの兄、後のフィリップ善良公は困った表情になったが、怒り狂う父にはｍ何も言えなかった。下手に逆らうと、てがつけられない状態になると分かっていたので。

　───数年後のアザンクールの戦いで、その言葉通り彼だけが参戦できず、亡くなるまでそれを悔やむことになったのだが、父のジャン無畏公は満足だったのかもしれない。