アルチュール・ド・リッシモン

ジャン5世の妻

「まぁ、そんなに緊張なさらなくてもよろしいのよ。私はあなた方のお母様と同じ名前だけれど、ジャン様以外の殿方に興味は無いし、弟のルイのことも呆れているの。殿方と浮名を流しっぱなしで、妹達のことなど放ったらかしの母上に関してもね」
 そう言うと、ジャン5世の妻は哀し気に微笑んだ。
 ジャンヌ・ド・フランス。狂気王シャルル6世と淫乱王妃イザボーの3女であった彼女は、この時22歳になっていた。18歳の時に長女アンヌを出産してから、立て続けにイザベル、マルグリットと子供達を授かっていた彼女は、実の親や兄弟より夫を敬愛していた。心から。
 見た目は「淫乱王妃」とあだ名される実の母、イザボー・ド・パヴィエールに似て背が高く、目鼻立ちもはっきりしていたが、性格は正反対のようであった。夫であるジャン5世の教育の賜物だったのかもしれないが。
「そ、そうですか………」
 そんな彼女の性格を見てとっても、まだアルチュールは遠慮がちにそう言い、視線を逸らしていた。
「父上の精神病は起こってしまったことですので、今更言ってもしょうがありませんが、それを理由にあっちの殿方、こっちの殿方とフラフラするというのは、カトリックの信者にとってもあるまじき行為ですわ。まったく、汚らわしい!」
 そう言うと、ブルターニュ公夫人ジャンヌは末の娘をゆりかごに入れ、十字を切った。
 どうやら正真正銘、敬虔なカトリック信者のようであった。
「ふ………。まぁ、見ての通りだ。うちの妻は、大丈夫。あの王太子のことをマザコンといっても問題はないのだ。分かったか、お前達?」
 心身ともに充実し、高身長で逞しい24歳の美青年、ジャン5世が胸を張って誇らしげにそう言うと、アルチュールは頷いた。
「分かりました、兄上。では、パリの様子を探ることに専念致します」
「ああ、そうしてくれ。何やら、アルマニャック派の報復が始まりそうだという噂だからな」
「アルマニャック派の報復………」
 その言葉を繰り返すアルチュールの顔は、知らず知らずのうちにしかめっ面になっていた。
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