アルチュール・ド・リッシモン

アザンクール

「何でこんなことになったのだ……? 急いだつもりだったのだが、もう1週間分の食糧しか残っておらぬとは……」
 オンフルールからカレーまでもう少しのアザンクール付近で、ヘンリー5世はそう言うと頭を抱えた。
 食糧不足に加え、天候の悪化によりソンムリを渡れず、困っていたのである。
「又、遠回りをせねばならぬか……。食糧がもつかどうか危ういところだな……」
「とりあえず、急いでペロンヌの方へ向かいましょう。そこでしたら、渡れるでしょうし……」
 そう言ったのはリチャード・ド・ボーシャンだった。
「うむ」
 ヘンリー5世はそう返事をすると、彼の言った方向に馬の頭を向けた。
 ちょうどその時であった。
「も、申し上げます! フランス軍が続々と集結しているようでございます!」
「何? 一体、どこでだ? カレーをもう取られたのか?」
「いえ、カレーより南に50キロ程下った所のアザンクールのようにございます」
「そうか……。カレーは無事か……」
 ほっとしながらヘンリー5世がそう呟くと、そんな彼にリチャードが近付いた。いつの間にか、しっかり地図を手にしていた。
「陛下、相手が大軍で待ち伏せしているのでしたら、こちらも地形などを考えて、策を練りませんと……」
 リチャードが手にしている地図を広げながらそう言った時であった。もう一人、別の軽装の男が彼らの所に走って来たのは。
「陛下、怪しい者を捕えました! どうやら、アザンクールに集結しているフランス軍の一人のようでございます!」
「ほう、それは好都合! 会ってみるか」
 ヘンリー5世はそう言うと、ちらりと傍らのリチャードを見てにやりとした。
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