アルチュール・ド・リッシモン
7章 捕らわれのアルチュス

大虐殺

「行け! フランス本体を潰せ! 王族や貴族を捕えれば、身代金は思いのままだぞ!」
 ヘンリー5世がそう叫ぶと、攻撃を長弓兵に任せていた下馬騎士隊も歩兵も、目の前の敵に突進していった。そして、多くの貴族や騎士が捕虜にされたのだった。
 だが、ここで悲劇が起こる。
 まだ何とか生き残っていたフランスの一部隊が、イングランドの背後に回り込み、輜重(しちょう)車両を略奪したのである。
 ただでさえ少ない食料を略奪されたヘンリー5世は、怒り狂った。
「何! 輜重隊が襲われた、だと? 壊滅状態ではなかったのか? ええい、下手に生かしておくと何をしでかすかわからん! 捉えた者は全員、処刑せよ!」
「しかし陛下、それでは身代金が……」
「では、たんまりとれそうな大物だけ生かしておけ!」
 ヘンリー5世の怒りによるその叫びにより、戦闘は大虐殺へと変わってしまった。
 そしてイングランド軍は大勝利のうちにカレーへと帰還したのだった。

 一方、惨敗したフランス側はというと、総指揮官ドルー伯シャルル1世が戦死していた。
 実際指揮をとっていた元帥ジャン2世ル・マングルはかろうじて捕虜として生きながらえていたが、フランス側の戦死者は1万人を超えていたという。
 この大敗により、パリを掌握していたアルマニャック派の力が弱まり、戦闘に参加しなかったブルゴーニュ公ジャン無畏公の力が強まった。

「アーサー・ド・リッチモンド?」
 捕虜となった男の名を聞くと、ヘンリー5世はピクリと頬をひきつらせた。
 当時はやっていた予言の中に、「魔術師メルランの予言」というものがあった。それによると、「英雄王の名を持つブリトン人がイングランドを征服する」と言われていた。
 彼は、それを思い出したのだった。
「まさか、ブリトン人なのか?」
「はい、そのようでございます。しかも、陛下の義理の御母上様の息子でもあらせられるとか……」
 リチャード・ド・ボーシャンが書類に目を通しながらそう言うと、ヘンリー5世は露骨に顔をしかめた。
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