アルチュール・ド・リッシモン

ノルマンディ上陸

 アルチュール・ド・リッシモンを傍に置くことにより、目の上のたんこぶの義母ジャンヌ・ド・ナヴァールに見せしめを与えられ、「英雄の名を持つブリトン人がイングランドを征服する」というメルランの予言にも屈しない強い王というイメージも、ヘンリー5世は保てていた。
 要するに、彼にとってアルチュールを傍に置くことは利点ばかりだったのである。
 だからというわけではないが、3ヶ月後の9月、ヘンリー5世率いるイングランド軍はノルマンディに上陸する。
 ──そこまでならよかった。だが、彼はそこで虐殺を行なってしまったのだった。

「私はあのようなことなど、絶対せぬぞ!」
 惨殺とも虐殺ともいうべき、戦とは無縁の女子供の遺体の山を見て、アルチュールはブルトン人らしい彫りの深い顔をしかめた。
 近くにいるヘンリー5世には、分からないように。
 だが、そんな彼の本心に気付かず、中傷する者もいた。

「あれは裏切り者だ! イングランド軍なんぞに従って、我が国民の虐殺に加担するとは、けしからん!」
 そう叫んだのは、シャルル6世であった。
 かなり時間は短くなってきているようであったが、それでも彼がまともになる時間はまだ何とかあるようであった。
「では、何か対処されますか?」
「イングランド王という者と行動を共にしておるのであろう、あのブリトン人は。ならば、朕が何か言ったところで無駄であろう」
 シャルル6世はそう言うと、病気のせいか細くなってきた手で顔を覆った。
「それより、我が妃はどうしておる?」
「それがその……トロワに向かっておられるようでございます」
「トロワ? 何故そのような所に向かっておるのだ?」
「所用でございましょう。嫁がれた姫君達にお会いになられたり、綺麗な所を眺められたり、されることはいくらでもおありなのでございますよ」
 本当は違った。今はブルゴーニュ公ジャン無畏公とできているので、彼に会いに行っているのであった。
 が、そんなことなど、シャルル6世には言えるわけがない。
「パリもカボシャン党からアルマニャック派と、次々違う者に占領されており、安全とは言い難うございますし……」
「カボシャン党……アルマニャック派……占領……」
 秘書官の言葉を繰り返すシャルル6世の目が次第に虚ろになっていった。
 どうやら、ストレスを感じると、現実逃避しようとするのか、目が虚ろになり、奇声を発するようになるようであった。
「あは……あははは!」
 傍にいた秘書官が危ないと思った次の瞬間には、既にシャルル6世はそんな叫び声をあげていた。
「又、始まったか……」
 そう思ってため息をついたものの、王妃の居場所を誤魔化せたと思い、ホッとした表情にもなっていた。
 12月23日、クリスマスを目前にして、そのイザボー王妃の暫定政府が、トロワに誕生する──。
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