アルチュール・ド・リッシモン

ジャン無畏公VS王太子

 ルーアンでのヘンリー5世の残虐非道なふるまいを耳にしたからか、1419年9月10日、ブルゴーニュ公ジャン無畏公は、フランス王家と和解の為の会談の場を設けた。
 その場で、まずはジャン無畏公が王太子シャルルに礼をした。
「臣、ブルゴーニュ公ジャンが、王太子シャルル様に拝礼を致します」
 そう言うと、ジャン無畏公はうやうやしく頭を下げたが、それも形だけのもので、心の中は煮えくり返っていた。
 何が「王太子」だ! 確かにあの女の腹から生まれたのだろうが、その胤(たね)は亡きオルレアン公だというのではないか! 何かにつけ、私の邪魔をしてきおったあの若造の父親の! そんな奴に頭を下げねばならんとは、何とも情けない……。今ではあの女も私の愛人の一人だというのに……!
 心の中でそう叫ぶジャン無畏公の手は、憤りでブルブル震えていたが、まだ若い王太子はそれに気付かず、余計なことを口にしてしまった。
「本当に余の臣下だと申すのなら、今後はイングランドに手を貸すようなことは、一切しないでもらいたいものだな。共同で闘争するという約束を延期などせずに、今ここでちゃんと約束もしてもらいたい」
「それは……。お母上様も承諾なさるかどうか、お聞きしてからにしとうございます」
「母上に、か?」
 そう尋ねた王太子は、露骨に顔をしかめた。
 まだ10代というので、感情を隠すことなどうまく出来なかったというのもあるだろうが、この頃には既に彼の耳にも母がブルゴーニュ公ジャン無畏公と男女の仲になっているという噂が届いていた。だからこそ、だったのかもしれない。
 だが、それが又、ジャン無畏公を苛立たせてしまう。
「お母上様にお聞きするというのがそんなにお気に召しませんか? ですが、お母上様は、この私が保護して差し上げておるのでございますぞ」
「保護?」
 その言葉に、王太子が益々顔をしかめた。
「保護というと聞こえはいいが、実際は愛人の一人なのではないか?」
 その言葉に、ジャン無畏公はにやりとした。
「ほう。ご存知でしたか。ならば、話は早いですな。イングランドとのことは、我々二人で相談すればよいこと。王太子殿下には関係無きことと存じます」
 そう言うジャン無畏公は勝ち誇った顔で、気のせいか王太子シャルルを見下ろしているようでもあった。
「何だと! ならば、何故、ここに参った!」
「アルマニャック派との内紛等、面倒事が色々ありましてな。加えて、王妃様も我が愛人の一人。手を結んでおいて損は無いですし、王妃様からも頼まれましたのでな、仕方無く、でございます」
「し、仕方なく、だと!」
 怒りで顔を真っ赤にしながら王太子がそう叫ぶと、ジャン無畏公はニヤニヤしながら続けた。
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