アルチュール・ド・リッシモン

「王太子」とアルチュールの因縁

「王太子殿下がブルゴーニュ公を撲殺……? 何故だ? 王妃様は現在、ジャン無畏公の愛人だと聞いておるぞ? 何故そうなる?」
 王太子シャルルの側近がブルゴーニュ公ジャンを暗殺したという噂は、瞬く間に各地に広がり、イングランド王のそばにいるアルチュール・ド・リッシモンの耳にまで達した。
 その頃には、先の暗殺事件が行われた場所がモントロー橋であることから「モントロー事件」と呼ばれるようになっていた。
「はい。私もそのように聞いておったのですが……。そのことを口に出されて、怒り狂われたのでしょうか?」
 困った表情でそうアルチュールに答えたのは、ヘンリー5世が彼につけた侍従であった。
 英国で生まれ育ち、フランス語を話せないヘンリー5世とは異なり、通訳も出来る程フランス語に堪能で、彼は年もアルチュールと近かった。
 そんなこともあってか、ヘンリー5世が「お目付け役」としてつけたにもかかわらず、彼はよくアルチュールの意を汲んでくれ、主であるヘンリー5世の機嫌を損ねない限りは、出来るだけ彼の望みもきいてくれた。
 が、そんな彼でさえ、海のむこうのフランスで起こってしまったことは、どうしようもなかった。
「いくら12年前にジャン無畏公がオルレアン公ルイを暗殺したといっても、王太子には直接関係の無いこと。だというのに、この仕打ち。全くもって、許せん! ヘンリー5世陛下に、あんな王太子などより陛下のお力になりたいと私が申しておったとお伝えしてくれ!」
「はい……」
 そう返事をしたものの、侍従のジョンは困った表情をしていた。
 確かに、和解の為に呼び出しておいて相手を暗殺するというのは、卑怯であった。まだ騎士道という言葉が消えていない現在、一国の王太子ともあろう者がそのような卑怯な行ないをしたとあっては、非難されるのも仕方のないことであった。
 事実、アルチュールに限らず、フランス中が王太子のその行ないに対して憤慨していたし、その状況を見た母イザボーは、さっさと息子を見捨てて、新しくブルゴーニュ公となった善良公フィリップと結び、イングランドとも接触を図っていた。
 だが、アルチュールの場合は、状況がより複雑であった。
 4年前のアザンクールの戦いでイングランドの捕虜となってから、いいように言えば「ヘンリー5世のお傍近くに仕え」、悪く言えば「自由など無く、連れ回されていた」のである。その彼が「ヘンリー5世の力になりたい」はおかしい気がした。
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