アルチュール・ド・リッシモン

戴冠式

「兄上………」
 やっと11歳になるかならないかの少年ジャンを真ん中に、右に7歳のアルチュール、左にその下の弟リシャールが並んでいたが、リシャールはまだ5歳という幼さだったので、ジャンが「弟達の手を引いて歩いている」というのが実情だった。
 それでも騎士らしく正装をしてレンヌ城に入場する兄の姿を、アルチュールは頼もしく、誇らしげに見ていた。英雄譚に出てくる若き英雄はきっとこんな風だろうと思っていた。
 後にパリで後見人となるフィリップ大胆公と共に国王シャルル6世に謁見した際、兄のジャン5世のことを「ブルターニュ1の美男子」と称しているので、きらびやかな騎士の格好にマント姿のジャンは、この時でも既に相当美少年だったと思われる。子供を何人も産んでもヘンリーに横恋慕された母のジャンヌに似ていたのかもしれない。
 ちなみに、アルチュールに関しては
「美少年とはいえないが、、生き生きした、決断力に満ちた目をしている」
と評されている。
 後にフランス大元帥となる片鱗が現われていたのかもしれない。

「うむ、うむ………」
 3兄弟が手を繋いでレンヌ城に入城して来るのを中央で待っていたクリッソンは、かなり白くなり、禿げてきてもいる頭を何度も上下に振りながら、満足そうにそう言った。
 やがてジャンが彼の前に来ると、其の肩に剣を置いて騎士に叙任した。
 ジャンよ、お前とはブルターニュ継承戦争のしがらみから色々あったが、約束は果たしたぞ………。
 心の中でクリッソンは亡きジャン4世にそう語り掛けると、咳き込んだ。
 もう髪は既に全て白くなり、頭頂部は禿げあがってしまっていたが、今日は正装で、立派な帽子をかぶっていたので、その裾の方から見せる白髪しか見えなかった、
「父上………」
 叙任式を少し離れた所から見ていた娘のマルグリットは、心配そうにそう呟いたが、その声は相手に届かなかった。

 一方、叙任された子供達はというと、長兄が叙任されたことで、正式にブルターニュ公も継承できるとあり、3人とも興奮していた。
 だから、誰も叙任した老人クリッソンのつらそうな表情に気付きもしなかったのだった。
 オリヴィエ・ド・クリッソンは、この時既に64歳。老いだけでなく、長年の戦争での無理もたたり、これを機に床に臥せがちになり、歴史の表舞台から消えてしまうのだった───。
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