アルチュール・ド・リッシモン

アルチュールの嫌悪

「ふ……。私がフランスの王太子をここまで嫌悪するのが変か?」
 侍従ジョンの表情を見て、アルチュール・ド・リッシモンがそう尋ねると、彼は目を丸くした。
「お、恐れながら、正直に申しますと、そうです……」
「ふ……。フランス王家──特に王太子と呼ばれるものとは少し因縁があってな。正直、王太子というだけで、あまりいい印象は持てないのだよ」
「因縁でございますか?」
 そんなことを初めて聞いたジョンが、目をぱちくりさせると、アルチュールは笑った。
「ははは。そんな顔をするな! 初恋の女性を王太子を名乗る者にとられたのだよ」
「えっ……」
 庶民の間でなら恋愛結婚も何件かあっただろうが、この当時の結婚というものは、主に政略結婚であった。王族や貴族なら100%といってもよい位の確率で。
 政略結婚なので持参金やどこそこの領地の権利だのという、何らかの「利益」あってこそのものであり、恋愛は主にその結婚をして後に愛人を持つ時にするのが普通であった。
 だから、ジョンも一瞬目を丸くしたものの
「相手が王族なら、そういうこともあるか……」
と思ったのだった。
「それだけならよかったのだ。王太子の妻となれば、後々王妃になれるだろうし、そうなれば諦めもつくからな。だが、あやつは私のマルグリット姫をこともあろうに、田舎に追いやったのだ!」
「ええっ! 正妃様を田舎に、ですか? それはまた、どうしてです? そんなに仲がお悪かったのですか?」
 ジョンのその問いに、アルチュールは苦笑しながら頷いた。
「まぁな……。妻より母親の方が大事だったのだろう」
「母親ですか?」
 きょとんとした顔のジョンに、アルチュールは語りだした。淫乱王妃イザボーの策略で、恋しい姫君がパリから離れた田舎の小さな屋敷に幽閉されたこと、その後夫は他の女と遊び過ぎたのか、病ですぐ亡くなってしまったことを。
「なんとまぁ……。フランスの貴族の方々にも、色々おありなのですね」
「まぁな……」
 そう返事をすると、アルチュールは自嘲じみた笑いを浮かべた。
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