アルチュール・ド・リッシモン

ジャンヌ公爵夫人、議会へ

 それもそのはず。パンティエーブル母子を裏で動かしていたのは、その王太子シャルルであったのだから。
 モントロー事件以来、王太子の評判は地に落ちていた。イングランドに捕らわれていたアルチュールも憤慨し、ヘンリー5世の力になるといったくらいなので、フランス国内でも非難の的であった。
 だからこそ、マルグリット・ド・パンティエーブルからブルターニュ公の地位を取り戻すための計画を相談されても反対しなかったのだった。
 アルチュール・ド・リッシモンはそこまでのいきさつは知らずとも、あくまでも「噂」としてシャルル王太子の関与を聞いていた。
 それでも、国王は発狂を繰り返し、その妻である王妃は男たちの間を渡り歩いているので、王太子しか裁判を要求出来る者がいなかった。 
 だが、無視されてしまった。
 やむなく、彼はイングランド王ヘンリー5世を頼ったのだが「婚礼まで待て」だった。
「一体、どうすればよいのだ?」
 アルチュールは絶望感と無力感にさいなまれながら、空を見上げた。
 空は、そんな彼の心の中を映したかのように、どんよりと曇っていた。

「そこをどきなさい! 私はブルターニュ公ジャン5世の妻で、フランスの王女です!」
 その頃ブルターニュ公ではそのアルチュールの兄、ジャン5世の妻、ジャンヌ・ド・ブルボンとの間には、この時までに5人の子供がいたが、そのうち一人は既に亡くなり、二人も病床にあった。
 この時、彼女と共にブルターニュ議会について行ったのは、後にラヴァル伯爵ギー14世の妻となるイザベルと長男のフランソワであった。
 イザベルはこの時8歳、フランソワにいたっては6歳になる前であった。
「ブルターニュ公の奥方様……」
 金髪碧眼で凛とした美しさの女性に目を見張り、議会場周辺に居た男達は道を開けた。
「王女だとも名乗られたぞ」
「ということは、あの狂王と淫乱ドイツ女の娘? どっちにも似ておらんようだな?」
「いや、狂王も狂う前は、しっかりしておったのだ。その前の王が偉大過ぎたので、印象に残りにくいだけでな……」
 「狂王」と呼ばれるシャルル6世の父は、「税金の父」「賢王(ル・サージュ)」と呼ばれたシャルル5世であった。幼い頃からパリ周辺をあちこち転々として苦労したせいか、かなりしっかりしていて、その後のフランス王政の財政の基礎を作ったと言われている。
 息子のシャルル6世も、即位した直後はそんな父のようになろうと頑張っていたのだが、それが重圧人なりすぎたのか、それとも晩年狂った母の血が出ただけなのか、次第にヒステリックになり、今では手がつけられなくなっていた。
 それでも王太子にその位を譲らなかったのは、浮気性な妻の「父親が違う」発言を心のどこかで覚えていたからかもしれなかった。
 いずれにせよ、ブルターニュ議会に現れたジャンヌ公爵夫人夫人は、今は亡きシャルル5世を彷彿とさせる、凛として涼やかな容姿であった。だからこそ、皆が道を開けたのかもしれなかった。

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