アルチュール・ド・リッシモン

全権使節団、イングランドへ

「ブルターニュの特命全権大使だと？　又、ややこしいのが来おったな！」
　王となってからの激務のせいか、燃えるような赤だった髪の色が薄くなり、白いものも何本か見えるようになっていたが、その気概だけは衰えておらず、相変わらず強気であった。
「お目通りなさいますか？」
「一応、文書だけ預かっておけ。だが、アーサーには会わせるなよ！」
「かしこまりました」
　そう言うと、品のよさそうな黒い巻き毛の青年はすぐにその場を後にした。
「ふむ、まことにリチャードは約に立つな。余計なことをいちいち申さずともよいのが助かる」
　王として即位する前からの付き合いの側近、リチャード・ド・ボーシャンが出て行ったドアを見ながら元ハル王子のヘンリー５世はそう言うと、何も言わずにただドアの前で立っている侍従をチラリと見た。
　こちらはどうも細かい指示を出し、身の回りのことしか出来ない、本当の「侍従」であった。

「───では、私はまだここから出れぬのですか？」
　薄い栗色の巻き毛の逞しい体つきの男が、黒髪で華奢な男にそう尋ねると、彼は申し訳なさそうな表情をした。
「今は陛下のご機嫌が悪うございますので、少し我慢して頂かねばねりませんが、そのうち、この塔からは出れるようになると思いますので……」
「ブルターニュから使者でも参りましたか？」
　アルチュール・ド・リッシモンのその言葉に、申しわけなさそうな表情のリチャード・ド・ボーシャンの頬がピクリと動いた。
　それはよく見ないとわからない微妙な変化であったが、敵国の王に捕らわれている身のアルチュールは、それを見逃さなかった。
「いえ、手紙が来ただけですよ」
　気付かれていないと思っているのか、リチャードはそう言うと、綺麗な品の良い飾り文字で書かれた封筒を差し出した。既に封は開けられていたが。
「義姉上からですか。これだけですか？」
「ええ、そうですが？」
「そうですか……。分かりました」
　とっくに独り身になっているはずの愛しのマルグリット・ド・ブルゴーニュから未だに何の音沙汰も無いことに落胆し、アルチュールは肩を落とした。
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表紙・目次

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