アルチュール・ド・リッシモン
10章 天罰

マルグリットの驕り

「愛しの姫君からの手紙をお待ちなのですか?」
 あまりのアルチュールの落胆ぶりにリチャードが思わずそう尋ねると、彼は目を丸くして彼を見た。
「やはりそうですか……」
「夫君が亡くなってもう5年になるので、そろそろ私の求婚にも何らかの返事をくれると思ったのですが、未だ幽閉状態の身では、それも叶わぬようで……」
 アルチュールがそう言って溜息をつくと、リチャードはそんな彼に近付き」、小声で囁いた。
「代わりといっては何ですが、ご母堂はお元気でおられます」
 リチャード・ド・ボーシャンのその言葉に、再びアルチュールは目を丸くした。
「陛下はあまりご母堂のことをよく思っておられませんので、詳しいことは申し上げられませんが、病気にもならず、何不自由無くお過ごしです」
 そう言うと、リチャードはちらりと上を見た。
 母上は、上においでか……。物には不自由なくでも、自由のない生活なのだな。何だ、それでは今の私と同じではないか!
 その視線でリチャードの言わんとすることを理解したアルチュールは、心の中でそんなことを思いながら天井を見た。
「それだけで十分です。ありがとうございます」
 彼がそう言うと、リチャードはまだ少し申訳なさそうな表情でその場を後にした。

「ふふ、議会で扇動しても、あの坊やはイングランドに釘付けね! ふふん、私達の勝ちじゃない! 私達の天下よ! このままブルターニュも頂いてあげるわ!」
 もう中年の域を過ぎ、髪にかなり白いものも混ざってきたマルグリット・ド・パンティエーブルはそう言ってにやりとすると、意気揚々と馬車で入って行った。そのブルゴーニュ地方に。じきに自分の領地になる場所を自分の目で見ようと思って。
「あんたか? うちの領主様をだまして捕まえたというアバズレ女は?」
 そんな時、近くののどかな田園地帯から鎌等を持った農夫がそんなことを言いながら近寄って来た。
「な、何なの、あんた達は! 私をマルグリット・ド・パンティエーブルと知っての狼藉ですか! だとしたら、許しませんわよ!」
 彼女が大声でそう叫ぶと、近付いて来た農夫達は顔を見合わせた。
「今、パンティエーブルと言っただな?」
「言った、言った!」
「確かそれって、ブルターニュ公とずっと戦ってきた人の名前じゃないだか? 確か、ブロワとかっていうのもそうだろ?」
「お……お前達!」
 どこをどう考えても、自分を取り囲んでいる者達が「敵」でしかいないと分かったマルグリットが、青い顔でそう呟いた時だった。
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