アルチュール・ド・リッシモン

アルチュスの願い

「兄上、兄上にお願いがございます」
 騎士に叙任されると当時に、ブルターニュ公としての統治も行なっていく予定の兄ジャンをまぶしそうに見ながら、7歳のアルチュールは、その頬を桜色に染めながらそう言った。
「何だ?」
 声変りをし始め、少し不安定な声でそう尋ねる兄のジャン5世の頬も桜色に染まっていた。
「父上は、騎士に叙せられた者は、その刀を人に与えるものだと仰せでした。ですから、我らの美しい国ブルターニュを守護する為にも、その刀を私にお与え下さい」
「ああ、そういえばそんなこともおっしゃっておいでだったな………」
 シャン5世はそう言うと、どこか遠くを見つめた───。

『ジャン、よく聞きなさい。お前は、長男だ。だから、何かあった時は、お前が弟達をまとめ、家を、ひいてはブルターニュを守っていきなさい。母上は、あっちにいたりこっちについたりフラフラしていたあのナバラ王の娘だ。あまり頼りにはならんだろう。よいか? その分、お前がしっかりするのだ。決して、弟達と争ってはならんぞ。分かったな?』
 彼が思い出していたのは、病床の父のそんな言葉だった。
「分かった。では、お前にこの刀をやろう。ひざまずけ!」
 ジャン5世の言葉に、アルチュールは素直に兄の前にひざまずいた。
「これは私、ブルターニュ公ジャン5世が騎士叙任に際し、弟アルチュ―ルに下賜するものである。ブルターニュの為、この兄の手足となり、忠誠を尽くして働いてくれ」
「かしこまりました!」
 そう言うと、アルチュールは深く頭を下げ、両腕で恭しく刀を受け取った。
「兄上、私も!」
 それを横で見ていたリシャールが無邪気にそう言ってひざまずくと、ジャン5世とアルチュールは笑った。
「お前にはまだ無理だ、リシャール。第一、この刀だって、重くて持てないだろう?」
 そう言いながらアルチュールが今貰ったばかりの刀をリシャールの手に載せると、案の定、彼はフラフラしてすぐに落としてしまった。
「重い………。もっと体力をつけます、兄上………」
 泣きそうな表情でそう言うリシャールを見て、ジャン5世とアルチュールは、再び顔を見合わせて笑った。
「焦ることはない、リシャール。私とて、まだ色々勉強中の身なのだし、私がお前位の年齢の時のことを思えば、お前は随分大人びているし、頑張っていると思うぞ」
 その言葉にアルチュールも頷くと、5歳のリシャールは嬉しそうに微笑んだ。
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