アルチュール・ド・リッシモン
12章 ヘンリー5世の急死

急変

 が───
「げほっ、げほっ!」
 ヘンリー5世は最近嫌な咳をするようになり、気のせいか、顔色も悪くなっていた。
「陛下……」
 子供を産んだばかりの妻、カトリーヌが心配そうに声をかけると、彼は赤ん坊を傍の乳母に渡し、作り笑いを浮かべた。
「大丈夫だ。子供にはうつさん様に気を付ける」
「違います! 私は、陛下のお体のことが心配なのです! 戦続きで、あまりお休みにもなっておられませんでしょう? どうか少しでもお休みになり、お食事もおとり下さい」
「そうだな。そうしよう……」
 彼はそう言うと、咳を受けたのとは逆の手で、妻の頭を撫で、その部屋を後にした。
 が、すぐに外から咳き込む声と駆け寄る男の声が聞こえ、カトリーヌは不安で顔を歪めた。
「陛下……どうか少しでもお体をいたわり、健康を取り戻して下さいませ……」
 彼女の願いもむなしく、ひどい下痢も併発していたヘンリー5世は、あっという間にやせ細り、1422年8月31日にヴァンセンヌで亡くなってしまう。待望の息子が授かってから、わずか半年後のことであった───。

「まさか、兄上がこんなに早く亡くなられるとはな………。しかも、後継ぎを残して……」
 主を失ったロンドンの王宮でそう呟いてにやりとしたのは、亡きヘンリー5世の元気な頃とよく似た赤毛の青年だった。
 ベッドフォード公ジョン。
 先王のヘンリー4世と王妃メアリー・ド・ブーンの間の第3子であったが、長男ヘンリー5世の死に際し、次男のクラレンス公トマスも亡くなっていたので、現在、最大の実力者であった。
「ある程度の年齢の子供なら厄介だが、まだ一歳にもならぬのなら、こちらの思うつぼ。いい手ごまだな」
 赤毛の精悍な青年ジョンはそう言うと、再びにやりとした。
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