アルチュール・ド・リッシモン

子供を捨てた母

『あんなに小さくて可愛い子供達を置いて、さっさと新しい男の所に行ってしまうだなんて、男狂いとしか言いようがないわ!』
 アルチュールもリシャールもまだ小さくて、乳母や妹達と無邪気に遊んでいたので、メイド達がこっそりそんなことを言っていることにも気づいていなかった。ただ一人、当主になってしまった長男のジャンを除いては。
 「母が自分達をおいて、いなくなった」というだけでも充分、まだ11歳の少年にとってはショッキングな出来事であったが、だからといってその悲しみと絶望を幼い弟達に言うわけにもいかず、自分の胸の内だけにしまっておいたのだった。
「兄上………?」
 そんな出来事を思い出し、ジャン5世がぼうっとしていると、弟のアルチュールが心配そうに声をかけた。
「大丈夫だ。心配するな。陛下のことも、豪胆公が共に居て下さるのだ。心配することなど、何も無いぞ」
 まだ11歳のジャン5世がそう言って精一杯の作り笑顔を浮かべると、アルチュールは無邪気に頷いた。
「はい、兄上」
 それを見て、ジャン5世は、先程思い出したメイド達の話も、まだ自分の胸の内だけにしまっておこうと決めた。

 一度方針を決めると、フィリップ豪胆公の行動は素早かった。
 パリに三兄弟を連れて行き、すぐに謁見の約束を取り付け、実際にシャルル6世に会わせたのだった。
 幸いにも、その時のシャルル6世は調子が良く、先に書いたようにジャン5世のことを「ブルターニュ1の美男子」と称したのだった。
 だが、彼の病状は不安定で、いつ発作が起こるか分からないので、謁見が一通り終わると、フィリップ豪胆公はすぐそこを後にした。
 そして向かったのは、ディジョンだったが、そこの領主は彼の息子のジャン無畏公であった。
 この頃は既に、トルコでの手痛い敗戦により恨みがましい性格になっていたジャン無畏公には、三兄弟は疎ましい以外の何物でもなかったが、父の命令だったので、仕方なく受け入れた。
 そして、彼らはそこで、後に「善良公(le Bon))」と呼ばれることになる息子のフィリップや娘のマルグリットとであったのだった。
 彼らは父とは正反対で、同じ年くらいの兄弟を喜んで迎え入れた。
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