強引同期と恋の駆け引き
「ダメですよ。そんなことしたら、片倉さん、ゴッソリ持ってくつもりでしょ?」
ちっ! バレていたか。だけどそんな恥ずかしいことはできない。
躊躇う私に見せつけるように、佐藤くんはムースを掬い上げる。
うう。この騒ぎの中なら、きっと誰も見ていないよね。
甘味の誘惑に負けた私は、念のために辺りをキョロキョロと見回してから、ギュッと瞼を閉じて雛鳥が餌をもらうように口を開けた。
舌の上で二つの味が喧嘩することなく合わさり蕩けたムースに、思わず頬が紅潮する。
うっとり余韻を堪能していると、佐藤くんが「ゲッ!」と顔をしかめた。
「なによ。もっとよこせなんて言わないわ」
本当は言いたいけどね。
「いやぁ、あっちから久野さんがすごい形相で睨んでるんですよ。最後の一つを取っちゃったから、怒ってるのかなぁ」
薮から棒に出た名前に顔が引きつる。
「……そんなはずないでしょう。久野は甘いの苦手なはずだし」
どうにか絞り出した声は、棒読みになった。
「えっ、そうなんですか?」
キョトンと目を丸くする佐藤くん。逆に私が不思議に思い首を傾けた。
「僕が異動してきたばかりの頃だから、去年の夏前だったかな。自販機の前で、久野さんが業者の人と話してたのを聞いたんですよ」
そのときの会話を思い出すように、スプーンを持ったままの手で頭をかく。
「夏に向けて商品の入れ替えに来ていたらしいんですけど、久野さんが『汁粉は外さないで欲しい』って頼んでたみたいだったから、僕はてっきり甘い物好きなんだと――」
二の句が継げず呆然とする私。そんな話、知らない。
「ああ、でもコーヒーはいつもブラックですね」と訝しみながら、ムースをガッツリと掬って口に運ぼうとした佐藤くんのスプーンが、突然彼の手から消える。
行方を追うと、山盛りのムースが久野の口の中へと消えるところだった。
ちょっと! なにしてんの!?
一筋も残さないようにスプーンを舐め取り、取り上げたガラスの器に突き刺す。
「あっ! 僕はそれ、まだ一口も食ってないんですよ」
果敢にも抗議の声を上げた佐藤くんを鬱陶しそうに睥睨すると、久野はフンと鼻を鳴らした。