強引同期と恋の駆け引き




すっかり気が削がれた私はつい習慣で手首に眼を落とし、そこに腕時計がないことを思い出した。

「え? もうそんな時間になった?」

壇上で準備が始められているのが目に入る。

「ゴメンね、戸嶋さん。すっかり忘れてた」

「んもぅ! 戸嶋じゃなくて、今日から安川ですってば。でも、先輩が幹事を引き受けてくれて助かりました。本当にありがとうございます」

急に彼女の面差しが変わってドキリとする。
なんというか、こう、人妻の色気とでも申しましょうか? それが、好きな人と永遠に結ばれたという自信から醸し出されたものだとしたら、ちょっと羨ましい。

「佐智先輩にはお世話になりっぱなしだったから、最後の恩返しにブーケを受け取ってもらいたかったんですけど」

くしゃりと顔を歪ませて「ごめんなさい」と謝る戸……安川さんの大きな瞳が、うるうると揺れる。
それにつられそうになったとたん、彼女は久野の手を取った。

「良かった! 久野さんもいて。ちょっと一緒に来て下さい。友だち連中が紹介しろってうるさいんですよぉ」

「はっ? なんで、俺が」

「あたしばっかり幸せになっちゃ、悪いじゃないですか。出逢いなんてどこに落っこちているかわからないんですよ。久野さんももう、いい年なんですから」

有無を言わさず久野を引っ張っていく様子は、また別の意味での迫力に満ちていて。


私はため息一つの後、春の嵐のように去って行った彼女らを見送ると、小走りで人の波を掻き分けステージへと向かった。



< 23 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop