強引同期と恋の駆け引き
やがてふさりと優しく降ろされたのは、一本の木の前で。
「桜……?」
見慣れたソメイヨシノよりも少し濃いピンクだけど、五枚の小さな花弁が形作っているのは紛れもなく桜のそれ。盛りを過ぎたのか、春の夜風に花を散らす。
夜闇に浮き上がるように立つ桜の幻想的な雰囲気に、しばし言葉もなく立ち尽くしていた。
私の髪についた風に舞ってきた花びらを、久野の指がそぅっとつまみ取る。触れるか触れないかという動作なのに、指先から熱が伝わった気がしてピクリと肩が揺れた。
「青空の下じゃなくて悪いけど、ご希望の桜が舞っているからいいよな?」
意味不明の独り言を零した薄闇の中でもはっきりとわかるほどに近くにある彼の顔が、心なしか薄らと――桜色に染まってる!?
天変地異の前触れのような現象に、私は思考をフル回転させた。
長時間の宴で浴びるようにお酒を呑んだせいで、さすがのうわばみも酔っ払っているんだ、とか。最近体重がほんのちょびっとだけ増えた私を、お姫様抱っこでここまで運んだせいだ、とか。
グルグル巡る私の脳内妄想を察知したように久野の眉間に皺が刻まれ、見慣れた表情に戻る。
でも、これがデフォルトっていうものちょっと寂しいかな。久野だって、ほんのたまーにだけど、馬鹿笑いもするし、キュンとするようなほわっと柔らかい笑みを浮かべることがあるんだから。
そうそう。ちょうどこんな感じで、不意打ちに。
「っ!?」
両頬を手で挟まれて上を向かされ固定される。その手の熱が伝わって、私の全身までもが火照り始めた。
「こんな小っ恥ずかしいこと、一度しかやらないからちゃんと聞いとけよ」
一度私から外れた視線は夜空を仰ぎ、大きく息を吐き出してから、また元に戻ってきた。