強引同期と恋の駆け引き
何十人といる新規採用者が全国各地にある営業支店に散らばるなかで、私たちは同じ支店の同じ部署に配属された。
もちろんそこで同期と呼べるのはお互いだけで、自然と交流も深まっていく。
一緒にお昼を摂ることもあったし、二人っきりで居酒屋へ呑みに行くこともしばしば。
入社当初は、どちらも新しい仕事や環境に慣れることに必死で、同じ立場や悩みを共有できる戦友のような関係だったんだと思う。
『同期』という連帯感の中で育まれたそれは、やがて気の置けない友人へと変わっていったけれど、それ以上の関係に進む決定打をどちらも打とうとはしなかった。
お世辞にも社交的な性質とはいえない久野は、ごく稀に私と一緒にいると柔らかな表情を見せることがある。
だからなのか社の人たちの中には、私たちが付き合っているのだと思い込んでいる人がけっこういたのも事実。
「片倉さんって、久野さんの彼女なんですか?」
入社してしばらく経つと、彼に下心ありありの後輩女子から訊かれることも頻繁だった。私はその度に苦笑交じりで首を横に振った。
「じゃあ、あたし、告ってみてもいいですかっ!?」
頬を染めながらわざわざ私に断りを入れにくる女の子。
「あいつ、口が悪くて乙女心を理解しない現実主義だけど、悪いヤツじゃないから。がんばってね」
そうフォロー? をいれて送り出すこともしていた。
こんな感じだから、この十年余りの間にそれぞれに付き合う人がいた時期もあって。
それでも二人の間にあった、生温く緩い関係は壊れることなく続いてきた。
ぬるま湯に浸かっているような居心地の好さは、恋愛という常に緊張感を伴うものとはまったく違うものだと思っていたから。
一緒にいるだけで落ち着く、余計な気疲れのない存在。
だけれどそれは、なんの保証もない関係の私たちの間に、いつまでもあるものではなかったのだと思い知らされたのは、彼に新年度から始まる新規事業に伴う異動の話が出たと聞かされたときだった。