逃げられるなんて思うなよ?
周りのサラリーマンたちが舌打ちをして隣の列に移動していく。
でも、他の列の人だって急いでいるわけで、なかなかスムーズには入れてくれない。



そんなこんなで、駅の改札を出たのは8時53分。
私は一縷の望みをかけて、会社に向かって通勤ラッシュの街を全力疾走した。


会社の門が見えてくる。
当たり前だけど、ひと気はない。
焦りがピークに達した。

もう、怖くて時計を見る気も起きない。


門を通過すると、門番のおっちゃんが、

「嬢ちゃん、がんばれよー!
多分もう無理だけど」

と笑いながら声をかけてきた。
ひどい、他人事だと思って!


従業員通用口のドアを開ける。
社員証をタッチして、一気に駆け抜け……ようとしたんだけど。


「―――おい、日高水穂!」


偉そうに私を呼び捨てにして立ちはだかる、憎い男――斗季生(トキオ)。

いつものように傲岸不遜な鉄面皮が、ドアの向こうで腕を組んで仁王立ちしている。

私は渋々足を止めた。


「週明け早々遅刻とは、いい度胸してるじゃないか。……お前、たるんでるんじゃないか?」


斗季生はにやにや笑いを浮かべて私を挑発的に見つめる。
時計を見ると、9時1分。
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