逃げられるなんて思うなよ?


斗季生の言葉は最もだと思ったし、仕事もたまっていたので、ランチは早々に切り上げて余裕をもって会社に戻った。

でも、斗季生は声もかけてくれなかった。
ただ、横を通りすぎる私をじっと目で追うだけ。

う、やっぱり怒ってる……。


結局、午後は自己嫌悪で仕事がはかどらず、しかも後輩の女の子のミスが見つかったこともあって、やっと一段落ついたときには随分遅い時間になっていた。

「あー、やっと帰れる……」

疲れきった身体を引きずるようにしてオフィスを出ると、ほとんど社員の残っていない社内は静まり返っていた。
人のいないオフィスって、どうしてこんなに寒く感じるんだろう……


「おい、日高水穂」

横柄な声に呼ばれて、私はぱっと振り向いた。
そこにはいつものように斗季生が偉そうに立っている。

ムカつくヤツのはずなのに、その姿を見ると妙にほっとしてしまった。


「今帰りか? 随分遅いな」

「あー、うん、色々あって」

「ふうん……」


斗季生がじっと私の顔を覗きこんでくる。


「なによ?」

「いや……お前さ、大丈夫か?
いつもは遅刻なんかしないのに、今日は遅れただろ?」


私はさらに深い息を吐いた。


「それはほんとごめんって……もう、何回怒れば気が済むのよ」

「いや、そういうことじゃなくてさ。
朝は怒っちまったけど、いちおう気になってんだよ」

「へ?」
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