たった一つの隠し事
まるで誘われるように、俯いていた顔を上げる。
無意識に見上げると、視界に入るのはすらりとした長身の青年だ。
整った顔立ちと隙のないスーツ姿。綺麗に手入れされた短い黒髪。
初めて見る人だ。一体誰だろう。
そんな私の問いが、きっと表情に出ていたのだろう。
彼は涼やかな切れ長の眸を和らげさせ、座り込んだ私に目線の高さを合わせるように片膝を着いた。
伸べられた手指が、私の頬に親しげに触れる。
「ひどい顔色だな理子。そんなに俺が恋しかったか?」
揶揄うように告げる声音は甘いテノールだ。
恋しいも何も、私はあなたの事を知らないのに。
なのに私は、その声と優しい触れ方に束の間魅入られて、ぼうっとしてしまった。
こんな事をしている場合じゃないって事は、解っているけれど。
あなたは誰。何処から来たの。どうして私の名前を知っているの。
そんな問いが一度に湧き上がり、却って唇をわななかせる事しか出来ない私を見透かしたように、彼が甘やかな笑みを深める。
「お前は俺の事をよく知ってるはずだ。誰よりも。どんな奴よりも」