桜の木の下に【完】
*
それからまもなくして二人が帰ってきた。
襖が開いて見上げると、思わずぎょっとした。
直弥さんがサングラスをかけて登場してきたからだ。
「直弥のことは気にしないでください」
たぶん、腫れた目元を隠すためにかけてるんだろう。
それがちょっとおかしくてニヤけていたら、サングラス越しに睨まれてる感じで見られてしまった。ここが和室で彼が端正な顔立ちだから、どこぞのセレブのお忍び旅行みたいになっている。
歯を食い縛ってニヤけるのを抑えてみるけど、そう思ったらなかなか上手くいかなかった。
「俺からの話は…桜田が以前聞いたという、悠斗と校長の顔が似ている理由についてです」
「え、似てる?」
「あ、はい。目が…校長先生は、悠斗さんとは実は親戚で特に血が近いわけでもないのに似てしまった、と言ってました」
その二人の顔を知っている早菜恵さんに首をかしげられて自信を無くしそうになった。
そのことは健冶さんたちにも否定された記憶がある。
でも、確かに似てると思ったんだけどな。
「時間があるときに調べていたんですけど…母方の血縁を辿っていくと、ある人にたどり着いたんです」
「お袋の?」
「ああ……その人は、明月を最初に手懐けた男でした。母の家系に婿入りしたようです。何年も前の話になりますが…」
「あ、その人なら里桜が知ってますけど……」
と私が言った瞬間、後ろの襖がスパンと勢いよく開いて思わず耳を塞いだ。
驚いて振り向くと、片手を上げたままの体勢の早菜恵さんの連れだった。
その横から割り込んだのは、平然とした表情の里桜。
そのまま私の隣に座って、立ち尽くしている彼に座るように手招きをした。
そんな彼は戸惑いながらも早菜恵さんの近くに立ち、気まずい顔をして早菜恵さんを見下ろしていた。
「悪いな。僕じゃ開けられないから手伝ってもらった、気にするな」
いや気にするなって言われても……
いきなりすぎて動機がなかなか収まらない。
「なんか呼ばれた気がして来たんだが、迷惑だったか?」
「え、聞こえたの?」
「いや、まあ…名前が聞こえたから…」
ぶつくさとそう言葉を濁す里桜は顔を赤くさせていた。
この名前、そんなに好きなんだ。
直感的にそう思った。というか、そういうことなんだろう。
「で、道真(みちまさ)がなんだって?」
「道真って?」
「明月の最初の主の名前だ。その話をしてたんだろ?」
「そうです」
「道真と明月はな…互いに想い合っていた」
へ、と口が曲がった。
まさかそんな色恋が絡んでるの?
「幻獣よりも人間が先に死ぬのは当たり前だ。だから主従の間で恋心なんて邪魔でしかないのに、アイツらはそれを持っちまった。お互いにそれを明かさずにはいたが、未練がましく今回の件に繋がることになる」
「もしかして、里桜は明月の本当の目的を知ってるの!?」
彼の言いぐさに思わず声を上げた。
私のそんなテンションとは裏腹に、里桜は静かに話を続ける。
「前に言ったよな?物理的なものを欲していると。それがおまえの身体であり、人間としての価値…いや、女としての価値が欲しかったんだ」
「どういう意味?」
「誰だよこんな肝心なとこで鈍いやつに育てたのは?幹もしっかりしてくれよ、こいつ一生恋愛できねーって。父親としてはそっちのが好都合なのかよー、みっともねえなー」
「……すまん」
私は頭の上にハテナマークをたくさん浮かばせたけど、なんとなく周りの顔…特に早菜恵さんと暗部の人の顔を見てわかった。
あ、はい、鈍くてすみません。
説明しなくて大丈夫です、今わかりましたんで……