桜の木の下に【完】
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なんとも恥ずかしい想いをしたのがつい昨日で、今日は気持ちのいい晴れた空が広がっている。
そんな空に反して、私たちは緊張でそわそわと落ち着きのない感じを漂わせていた。
「明月の居場所は探知できた、恐らくそこに穂波真人もいる」
今はお父ちゃんが居間で最後の確認をしていた。
「神楽含め俺たちが前衛を務める。必要なら兄弟にも手伝ってもらう。明月から真人を離し、里桜が道真の精神を抜く」
里桜は人の喜びを糧にしていたから、そういうことができるらしい。詳しい能力はわからないけど、それができるのはこの場では里桜だけだった。その作業のサポートは加菜恵さんと翡翠が受け持つ。
「明月はだいぶ弱っていると報告を受けてはいるが、油断はするな。気を引き締めて行くぞ」
それを合図に皆が立ち上がり、ぞろぞろと外に出た。
早菜恵さんたちは悠斗さんの見守りとお留守番で一緒に来られないけど、元気よく送り出してくれたから少しだけ冷静になれた。
これが、最後なんだ。
暗部の人たちは先に颯爽と行ってしまったから、私たちは一歩一歩を踏み締めながら目的地に向かう。
その間、里桜はどこか上の空だった。
「里桜大丈夫?」
「何が?」
「なんかぼーっとしてるから」
「いやまあ、昔のことを思い出してただけだ」
「昔のことって…明月が道真さんと一緒にいたときのことだよね」
里桜は答えてくれなかったけど、たぶんそうなんだろう。
私が産まれるずーっと前の時代でまったく想像もつかないけど、今よりも穏やかに時間が過ぎていたんだと思う。
今はたくさんのもので溢れて、大切なものはなんなのか、自分とはなんなのか、そういうものをわざわざ探す人もいる。
気づけば、案外近くにあるんだな、って驚くはずなんだけど、それを素直に認めないで別の方向に進んでしまう人もいる。
そんな、たくさんの人があっちこっちへ進んでしまう世の中だけど、誰かとぶつかった先には友情があったり、恋愛があったり、家族愛があったりする。
それは今も昔も変わらないのかもしれない、と思う。それが昔の方がわかりやすかったってだけで。
時代の移り変わりを、里桜は桜の木の下でずっと見守っていた。春が来て夏が過ぎ、秋が終わって冬が始まる。そしてまた、春が来るの繰り返し。
でも、どの年も同じことは起こらない。すべて繋がっているようで、実は違う。確かに同じような毎日が続く現代だけど、変化は徐々に現れる。
来年は何をしているのかなんてわからない。来年の今頃に誰が隣にいるのかもわからない。もしかしたら誰もいないかもしれない。
不安と期待が入り交じったような心地で、新しい門出を迎えるかもしれない。
そして恐らく…来年の今頃はあの学校には通ってないと思う。
「おまえも大丈夫か?」
「なにが?」
「ぼーっとしてるぞ」
「まあ、これからの事を考えてただけだよ」
「考えたって意味ねーと思うぞ」
「え?」
「明日なんてそこら辺に転がってる石みたいなもんだ。一瞬気にはするが、通りすぎればただの石。そんな石のこと考えて何になる」
「うーん、そうかもね」
「僕の話聞いてないだろ」
「そうかもね」
「おいっ!!」
里桜にくどくどと何か言われてる気がするけど、うるさくてよくわからない。
まあ要するに、聞いてない。
はあ、と白い息を吐き出して、それが消えるのをじっくりと眺めた。