桜の木の下に【完】

*神楽side*


切ない。

あー、切ない。

人の恋ってなんでこんなに切ないのかしら。


「あんたたち、今からあたしをクイーンだと思いなさい」

「は?」

「あたしが死んだらゲームオーバーよ。里桜と翡翠を喚べなくなる」


祠から飛んだ先に待っていたのは、鬱蒼とした森だった。

大きな松が林立し、頭上からは木漏れ日があちらこちらに丸い光りを落としている。

山奥にある木材用の松林のようにその松たちには枝がほとんどなく、どこまで伸びているのか予想もつかない。

そこに降り立ったあたしは二人に呼び掛けたつもりだったけど、健冶は前を見据えるだけだった。

直弥はふざけんな、といった顔であたしを振り向く。


「あたしはキーパーソン。護送でしくじったら処刑される運命なんだから」

「RPGじゃあるまいし」

「そのつもりでいなさいってこと。ゲームばっかやってるあんたにはわかりやすいでしょ?」

「ゲームをバカにすんな!漢字の勉強になるし、金額の計算とか強化のパターンとか、素材があと何個かとか瞬時に把握できる能力を身につけられるんだぞ!」

「そんなの社会に役立たないわよ!あんたの場合、リーマンになったら営業について接待させられるような性格してんだから!事務ならまだ活用できるけど」

「褒めてんのか?」

「もちろん。じゃ、無駄話もこの辺で出発しましょ」


あたしは直弥を上手く丸め込んでさっさと進んだ。

嬉しそうに口許を緩めている直弥とは裏腹に、健冶はやっぱり無言だった。

何を考えてるかわからないけど、さっきのことを考えてるのだけはわかる。

ただ、それから何を感じてるかが不明だ。


「はあ……」


森の奥は真っ暗でよくわからない。

ずっと同じ風景ばかりが流れるのが想定されて、自然とため息が溢れた。

周りに人の気配はないし、戦闘をしているような音もしない。

ただサクサクと地面の植物を踏む音だけが響く。

それにしても、健冶はなぜこんな症状になってしまったのか。確かにあの調合の紙には神経を壊す毒に印があった。

でもそれが、幻獣と関わりがあるとは思えない。

治す方法はないのか。


「ここ、変な場所だな」

「変な場所?」

「白虎丸がさっきからずっとはしゃいでるんだ。居心地がいいってことだと思うんだけどさ」

「敵陣真っ只中なのに?」


確かに、さっきからデカい虎がちょこまかと松の間を駆け回ってるのが見えていた。

野を駆け回る馬のように、気持ちよく風になっている。

まあ、変っていえば変ね。


「逆に、大蛇は干からびた脱け殻みたいに元気がないし」

「それは健冶と連動してるからじゃないの?」

「いや、別物でしょ」


健冶の足元にいる大蛇はノソノソとついて来るものの、完全に死にかけだ。

舌もチョロチョロと見えるけど、その動きには機敏さがない。

なにこの差、わけわかんない。


「そう言えば、里桜の話だと明月は昔は松だったって言ってたわね…だから松林?」 

「それがどうかしたのか?」

「明月と里桜が知り合いなら、白虎丸とか大蛇も知り合いがいるんじゃないかと思って」

「でも大蛇って何代も代替わりしてるらしいぞ?脱皮する度に中身も変わるって聞いた」

「普通脱皮したらデカくなるもんじゃないの?」

「知らねーよそんなの」


疑問は積もるだかりで結論はなかなか出ない。

そんな話を続けていると、とうとう松林を抜けた。

そこには辺り一面、湖が張っていた。

その湖の真ん中にぽつんと島があるのが見える。でもここからじゃよくわからない。


「大蛇の出番じゃない?」

「おーい健冶?見えてる?」

「……まったく、気を使うな。俺の方が話しかけづらかったんだぞ」

「うわ、ごめん。だって遠い目してたじゃん」


眼帯をしていない方の目があたしと直弥に向く。

その目が案外普通だったから内心ホッとした。

よかった、もう怒ってないみたい。

健冶が大蛇にお願いすると、大蛇は湖の近くに寄ってその水を覗きこんだ。

でも、何かをしようとする気配がない。


「どうかしましたか?」


健冶が心配そうに話しかけると、大蛇は鎌首をもたげて主を見上げた。

なに、なんで、何が起こってるわけ?

大蛇はまた湖面を見ると、ちょっと躊躇った後に水の中にスルッと飛び込んだ。

チャプンと水がわずかに跳ねた。

固唾を飲んでそれを見守っていると、やがて水柱が勢いよく噴き出してきてあたしたちは慌てて距離を取った。


「これ、まさか木こりの泉か?金か銀か聞かれるパターンか?」

「なにアホなこと言ってんのよ!」


健冶も驚いたようにそれを見上げていたけど、何かを発見したのか薄く笑った。

その視線の先を辿ると、女の人が一人、水柱の中にいた。

水しぶきが収まると、その女性は水面に足をついて浮かんだ。

だ、誰……?

しかもなんかナイスバディだし、服も際どいんですが。


「健ちゃんおひさ~」


健ちゃん?おひさ?

お姉様は健冶に微笑んで手を振るけど、健冶はそれに答えない。


「ねえお腹へっこんだと思わない?ツチノコになるって言われたとき超へこんだからダイエットしてみたの~」

「その話はいいです」

「おかげで体力も落ちてカラッカラに干からびそうになったけど、ここで回復~。でもちょっとここの水あたしに合わなさそうだったから躊躇ったんだけど、そうでもなかったみたい~」

「健冶、ちょっと説明してくれないかしら。あたしたち追い付けてない」


「そうだそうだ」と直弥もあたしの待ったの言葉に頷いた。

健冶はめんどくさそうにため息をついた。


「この姿が本当の大蛇の姿だ。普段は水分が足りなくてこの姿を維持できない」

「人型の意味、わかってないわけじゃないでしょうね?」


ずいっと責めるように迫ると、健冶は慌てたように手のひらを向けてきた。


「待て、そう怒るな。大蛇は人型じゃない。人のような姿なだけだ」

「は?」

「そうよ可愛いお嬢ちゃん!ほら見て~、あたしおへそがないのよ~?蛇だからあ」


その鼻につくような声がちょっとウザいけど、言われてみて気づいた。

お腹出してるけどへそがない。

それに気づいたらなんだか気持ち悪かった。

クロックスなのに穴がない、みたいな。

……クロックスって、わかる?


「あたし乾燥肌で地面の上にいると荒れちゃうから、蛇になって鱗でガードしてるだけなの~。もう、森の中とか最悪だったわあ。それで健ちゃん、あたし何すればいい?」

「俺たちをあそこの島まで運んでほしいんです」

「りょ~か~い」


めっちゃゆるっゆるの口調で敬礼をすると、大蛇はにこにこと笑いながらあたしたちに波をいきなり被せた。

ドッパアンと、派手なしぶきが迫ってきてあたしたちは大パニック。

まさかこのまま水の中を流すつもり?


「ウォ~タ~、スライディ~ング!」


と思ったけど、その波はあたしたちの足元を引き寄せただけで、水の中に落ちることはなかった。

そして、いつの間にかあたしたちの足の下には氷のボードが貼り付いていて、まるでスノボーをするように湖の上を滑り出した。

波乗りサーフィンとはちょっと違うけど、これめっちゃ楽しい!


「氷って水に浮くの知ってる~?その応用なのよこれ~」

「でもこれ…転けたら終わりじゃない!」

「ちょっと濡れるだけよ~。助けてあげるから大丈~~夫」

「大丈夫じゃないわよ!」


楽しいけどとてもスリリングでハラハラとしてしまう。

こののほほん天然美魔女を誰かどうにかして。

笑ってるけど絶対に面白がってる!

……わかった。そうかだからか。

性悪だから、健冶は敬語なのか。

敵に回したくないもんねこういう人!


「は~い到着~。お忘れ物はありませんね~」


ちょっと酔ってグロッキーだけど、なんとか渡りきれた。

着いた島にはまた森が広がっていたけど、そう大きくない島だっていうのはさっき見たからわかってる。

ここに明月がいるといいけど。


「送ってくれてありがとう」

「またね~。あたしはここで遊んでるから、用ができたら喚んでねお嬢ちゃん」

「あそ…はい、ぜひ」


今のコメントにクレームをするか否か迷ったけど、獣の勘がそれを遮った。

大蛇はチャプンとまた水に潜ると、スイスイと泳ぎ始めたけど速すぎてよくわからない。

美容のために泥パックでもするんだろうか。


「神楽、行くぞ?」

「う、うん……」


直弥に促されて大蛇から目を森に移した。

今まで影の薄かった大蛇があんなのほほん天然美魔女だったなんて、ギャップで悶え死にそうだったけど、今まで気づかなかったのが不思議だった。

でも…あれ、そう言えば……

たまに、お風呂場から変な声が聞こえてたような気がする。


「それ、たぶん大蛇の鼻唄だ。壊滅的に音痴だが本人はまるで気づいてないから絶対に言うなよ」

「げ、そーだったのか。オレも自分の家の風呂場から変な声が夜な夜な聞こえてたから、てっきり幻獣の誰かが鳴いてるのかと思ってた」


鼻唄が鳴き声とか…

ウケるって笑いたいけど殺されたくないから笑えなくて……別の意味で悶え死にそうだった。
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