桜の木の下に【完】
*
しばらく森を進むと、大きな日本庭園が見えてきた。
池や赤い橋、綺麗に剪定された松など、まさにジャパニーズ、といった風景が広がっている。
その奥には立派な日本家屋がそびえ立っていた。そこの大きな門は固く閉じられている。
石畳を歩きながら、ここに明月がいるのか不安になってきた。
こんながら空きじゃ、罠の可能性があるからだ。
「このまま進んでいいと思う?」
「せっかくだし、寄ってみればいんじゃね。いなきゃいないで他あたればいいんだ」
「まったく殺気がないのよね」
「悪いが、あそこの池に早速大蛇を喚び戻してくれないか」
「でしょうね……」
あたしは自分のパートナーを指笛で呼んだ。どこからかさっと出てきてあたしの足元に座る。
「そーいや、初めて見たな」
「まあね。人見知りが激しくてさ」
あたしの幻獣はニホンザル。
顔が真っ赤なのはご存じの通りだと思うけど、今はさらに真っ赤にさせていた。
この子、女の子でイケメンに目がないのよねー。
あたしの足に顔をくっつけて二人を盗み見ている。
「神楽は猿回しってことか…」
「まあそうなるかな。そうしたらこの子は幻獣回しになるわね」
「なんだそりゃ」
「とりあえずそこで見てなさい」
あたしは紅葉(もみじ)に「あそこの池に大蛇喚んで」と命令した。
紅葉はこくんと頷くと、タタタと走って池の近くに座ってぐっと手のひらを合わせた。
そして、その手のひらを開くと変な文字が光りながら浮かび上がり、その文字に紅葉が息を吹き掛けるとみるみるうちに文字が拡散して、ポンと大蛇が姿を現した。
そんな大蛇は膨れっ面をしている。
「ちょっと健ちゃん、まだ泥パック終わってないのに~!」
「す、すみません…」
ホントに泥パックしてたんかい!
と、膨れっ面の白い顔に向かってツッコミを入れた。周りの湖の泥はどうやら白いようだ。
そんな要らない情報を入手したところで役には立たないけど。
そんな白い顔で膨れるもんだから、大福とかお多福とかに見えてまた悶える。
笑っちゃダメだぞ、あたし。
「あ、でも、このお水綺麗~」
と、池の水を手のひらで掬ってチョロチョロと溢した。
確かに透き通っていてキラキラと光っている。
「お客様…ですか?」
いきなり後ろからそう問い掛けられて、三人でバッと振り返った。
そこには五歳ぐらいの男の子が一人立っていて、あたしたちを珍しそうに眺めている。
いつからそこに…全然気配を感じられなかった。
浴衣着てるけど…てか、誰?
で、ここは何なのか?
「えーっと、ちょっと人を探してたら迷っちゃって」
苦し紛れにそう嘘をつくと、男の子は納得したように頷いて、小走りであたしたちに寄ってきた。
「そうだったのですか!せっかくですから寄ってください。お茶をお出しします」
「でも…家の人に迷惑じゃないかな」
「大丈夫です。父も喜びます」
お父さんが喜ぶ…?
何もわからないまま、男の子に屋敷の中に招かれた。
目の前の門が開かれて見えてきたのは、大きな木造の家だった。平安の貴族の屋敷がこんな感じだってイメージ図を見たことがある。
どこか時代錯誤を覚えながらも、男の子の後ろについて回った。
「こちらでお待ちください」
誰にも会わずに連れて来られたのは普通の部屋だった。
低いテーブルと、座布団がある部屋。
のっちの家の居間からテレビが無くなったからこんな感じかな。
男の子はちょこんとお辞儀をすると、また小走りで廊下に消えた。
あたしたちは落ち着きなくうろうろとその中を歩くものの、誰一人として座ろうとはしなかった。
「罠じゃね?やっぱ」
「でもあの男の子似てない?」
「誰に?」
「悠斗に」
「は?似てたか?」
「どうだかな…」
「目がちょっと似てる気がしたんだけど、気のせいなのかな…パッと見の意見だけど」
と言っても、二人は首を傾げた。
なんでわかんないのかしら。普通逆でしょ?身内の方がそういうの敏感じゃない?
あたしたちはそう言葉を交わしていたけど、疲れでとうとうあたしは座ってしまった。
男共にビックリした顔で見下ろされる。
だって、サーフィンしたら足が疲れちゃったんだもーん。
「べつによくない?」
「よくないだろ!座った瞬間床が落ちたらどうすんだよ!そんで、行き先は牢屋とかさ!」
「考えすぎ考えすぎ」
苦笑しながら直弥に手を振った。
第一、周りが湖なんだから地下なんて作ったら水没するっつーの。
そこら辺まで頭が回らないらしい直弥は鼻息を荒くして、あたしを立たせようと腕を引っ張った。
無理。一度座れば立てません。
「もういーじゃん座れば。あたしが言ってるんだから大丈夫」
「どこがだよ!」
「あのー……」
「「うわっ!!!」」
あたしと直弥がごちゃごちゃと取っ組み合いをしていると、いつの間にか男の子が部屋に来ていた。
健冶は驚いてないところから、単にあたしたちが気づいていなかっただけみたいだけど、大袈裟な程に驚いてしまった。
だって、幽霊みたいに気配がないんだもの!
男の子はそんなあたしたちの反応に申し訳なさそうに眉を下げた。
「準備ができましたのでご案内しますが、よろしいですか…?」
「よろしいですよろしいです」
「直弥、あたしを立たせて」
「はあ…」
変な返事をした直弥に言うと盛大なため息を吐かれて、あたしの方がそうしたいわ!と足を踏みつけてやった。
「いっ…!!」と彼は目を見開いてあたしを見たけど知らんぷり。
靴履いてないだけマシだと思えっつの!
「こちらです」
直弥とは一度も目を合わせないまま案内されたのは、さっきの庭が見える二階の部屋だった。
ああ、視界の端には大蛇がくつろいでる池が見えるわ…
そして、そのVIPルームには先客がいた。
「幹様!」
「おまえたちも来ていたのか」
あたしが思わず叫ぶと、あの人は目を丸くさせて声をかけてきた。
「お知り合いですか?」
「う、うん。そう。この人を探してたのよ」
「実はこちらの方も人を探していたようでしたので、あなた方の先にこちらに案内しておりました。もしやと思いましたが、読みが当たりよかったです」
男の子は顔を綻ばせてそう微笑むと、一度部屋から出て別の部屋から入ってきた。
でもそのときには、男の子の姿はしていなかった。
「さて、これで役者は揃ったようだ」
「校長…?」
「おまえは、道真だな?」
「左様。私は道真」
校長改め、道真は悠斗に似た目を細くさせてあたしたちを見据えた。
そして、襖が開かれてお茶を運び込んだ女性は………明月だった。姿が変わっていようと、気配でわかる。
彼女もまた微笑をたたえてあたしたちをぐるりと眺め、口許がニヤリと緩んだのを着物の袖で隠しながら言った。
「なんて可笑しいのかしら。アホ面が四つもあるなんて」
外は変わってても中身は同じだって、このときに全員が感じたものだ。