桜の木の下に【完】
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道真と明月の出会いは偶然だった。
一本松だった明月が里桜に倒された後、明月は疲れ果て眠りについた。
その明月の意識は一つの松ぼっくりに託され、それは地面に落ち、山を転がり風に流され、偶然にもとある道でそれを彼が見つけた。
『なんて大きな実なのだ』
と、彼はそれを袖に大事にしまい持ち歩いた。
そのまま入れたのを忘れ、数日経ったある日の朝起きると、見知らぬ女が朝日を一身に浴びながら座って彼を見ていた。
その美しさに思わず見とれていたが、何も纏っていなかったことに気づくと慌てて布団を被せた。
『何者だ?』
彼が問いかけるも、彼女は何も答えなかった。それどころか、言葉を理解しているようには思えなかった。
彼女に取り合えず食事を与えようとするがいっこうに食べようとしない。
食べさせようと箸を持たせたとき、それはするりと指を通り抜け床に落ちた。
彼は驚き、色々と試したが物を持つことはできなかった。
ならなぜ、布団を被せられたのか?
それは簡単だ。
彼女もそれを欲していたからだ。
その日は寒い朝だったため、もともと植物だった彼女は朝日で暖を取っていたがあまり意味がなく、寒さに凍えていた。
そこに、彼の温もりが残っていた布団を被せられたため彼女の手に渡ることが可能だった。
それがわかった彼だったが、彼女を自然と受け入れた。
そんな彼女はだんだんと笑いかければ答えるようになり、話しかければ頷くようになった。
しかし、町中を歩いても誰一人として彼女を気にかける者はいなかった。
自分にしか見えない女性。でも不思議と怖くなかった。愛しいとさえ思った。
そんな日が続いた別の日、彼はとある男と出会った。
『そなたは力のある者のようだ。まさか目覚めさせてしまえるとは』
その男にも彼女が見えていた。
男にも連れがおり、その連れも彼女と同類なのだと教えてもらった。
『教えてくれ。彼女はいったい何者なのだ』
彼の言葉に男は答えた。
『この世の全ての現象の源…私の連れは元は桜で、そなたの連れは元は松。他にも雷や水、風、過去や未来といった事象全てを司る存在なのだ。私はその存在を幻獣と呼んでいる』
『幻獣…』
『見える者にしか見えない幻であり、あるときは豹変し獣のように暴れ回る…だから私はそう呼ぶことにしたのだ』
しばらくその男と時間をともにし、彼は彼女の正体について何となくだが理解した。
そして、彼女が人間ではないことも。
それは少なからず彼にショックを与えた。
彼は彼女に恋をしていた。
しかし、その恋が実ることはない。
『松は人里から離れた場所にあったために言葉を理解できぬのだろう。桜は人のいるところに望んで植えられる…どうだろう、そなたが彼女の主になるのは』
彼は主になることを決めた。
自分の力を吸い取ってしまったがために、こうして形になってしまった彼女を放って置けるわけがない。
彼は男と別れた後、彼女に言葉を教えることにした。
言葉というよりかは、会話の仕方といった方が正しい。植物に話すという概念はないからだ。
その道のりは厳しかったものの、なんとか単語を繋げて話せるようになった。
『道真』
『そう、私は道真だ』
『道真』
そう何度も呼ばれて振り返れば、彼女は嬉しそうに笑っていた。
その笑顔をもっと見たい。
もっと見せてくれ。
そう願い、道真は彼女とともにずっと暮らした。
……暮らしていたかった。
昔の人の寿命は今の半分ぐらいしかないことの悲しみを、俺はその続きを聞いて実感した。