桜の木の下に【完】
「私はまず、真人と交友の深い悠斗殿を保護した」
明月によって捕らわれてしまった悠斗兄さんの世話をしていたのは真人だった。
明月と再会を果たし喜んでいるように見せた彼は、悠斗兄さんを保護する空間を明月に提供したものの、死なせるわけにはいかなかった。
悠斗兄さんを護るように明月の進行を食い止めていた多数の幻獣もいずれは消滅してしまう。
どうしたものかと考えたすえ、彼は悠斗兄さんにある薬を飲ませた。
それは仮死状態にする薬だった。
その薬がきれたときに食事をとらせ、身体を拭き、服も着替えさせた。
仮死状態にすれば明月に取られてしまうのを抑えることができ、眠りにつくことで体力の消耗を減らすことができる。
その代わり、悠斗兄さんにもリスクがあった。
意識を何度も手放すことによって、精神的なダメージを受けてしまうことだ。事実、今も眠りについているのは、自分が今寝ているのか起きているのかの境目が曖昧になってしまっているため。
でもそれは合意のもとで行われていた処置だと聞いて、俺たちは怒りを収めることができた。
いくら助けるためだったとはいえ、やり過ぎなんだ…一歩間違えれば悠斗兄さんの命に関わるというのに。
「じゃあ、なんで明月から悠斗兄さんに絡み付いたつたを取り除かなかったんだ…!」
俺が静かに反論すると、道真が苦しそうな表情で答えた。
「それはごもっともな意見であるが、私も彼女を失いたくはなかったのだ…真人も大切だった。悠斗殿に全てを背負わせてしまう形になり申し訳なく思う。悠斗殿に頼るしか他ならなかったのだ」
悠斗兄さんから明月を切り離した場合、明月は消滅する。
かといって、代役がいるわけでもない。
それなら被害を最小限に食い止めるために、悠斗兄さんが犠牲になることを買って出たそうだ。
俺は言葉を失った。
そんな、犠牲になってもいいだなんて…
悠斗兄さんが仮死状態を続けていたため、明月の力は劣り俺たちに仕掛けられなくなった。
その劣った経緯を知った明月は…
「私はもう、戦う気力は失せてしまったの。まさか道真が自ら手を加えていたなんて知らなかったのよ?だから私は、貴方たちが攻めこんで来たときにわざとお兄さんに会わせた。まさか私の中に貴方たちの家族が残っていたなんて思っていなかったけれど…私が正気を保てていたのは彼らのおかげかもしれない」
「なぜ…そう言いきれる?」
俺は容量がオーバーした頭で聞いた。
いろんなことが交錯し、いろんな気持ちが溢れてきて上手く整理できていない。
「そこの弟さんを送り出した瞬間、貴方たちの家族から悪い気が溢れてきたの。自我が崩壊していくのを感じてとっさに彼らを消してしまったけれど……彼らが私の暴走を食い止めていた可能性があるのよ」
「幻獣も自分自身を理解しているわけではない。それは今も昔も変わらぬ。その行為を許してはくれまいか…もう、何度謝れど謝りきれぬが」
道真は明月と同時にまた頭を下げた。
すると、今まで黙っていた直弥が口を開いた。
「いいぜ、許す。家族のことも、悠斗のことも」
「直弥……?」
「オレも何が起こってたのかなんて想像するしかなくて正直パニクってるけど、いつまでも怒ってるわけにもいかねーしな!これから今までの償いをしてもらえばいい」
力強くそう言った直弥の目を見て、俺はふと懐かしい気分になった。
その目が、父さんにどこかそっくりだったから。
「わかりました。俺もあなたがたを許します。ですが一つ聞いてもよろしいですか」
「なんなりと」
「俺のこの目は…どうなっているのでしょうか。なぜ幻獣が見えなくなってしまったのでしょうか」
俺は右目の眼帯に触れて聞いた。
その言葉に何も知らなかった幹さんがピクリと反応したけど、神楽や直弥が動じていないのを見て何も言わなかった。
道真は「ふむ」と唸る。
「それは真人もわからぬようだ。避けられぬ戦いにおいて、彼は単に神経麻痺を起こさせる薬を明月に使わせただけであり、そこまでの効力が出たのは偶然だと言うしかあるまい。この先治るという保障はないが、無責任とは思うが上手くそれと付き合っていくしかないと言うしかあるまい」
「……そう、ですよね」
「すまぬ。本当にすまなかった」
「俺は謝って欲しいわけではないんです。決して……」
ただ、真実を知りたいだけなんだ。